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2010年1月16日(土)の「おつたえ」;あくしぜんにかえるまなびかいしんこころせんたくぜんあくいだきあいとなるしんか。

いつもありがとうございます。毎週末の神社でのめでぃてーしょんを通じて「おつたえ」いただいた「しんい・めっせーじ」等を誠実に記させて頂いております。
【参照】「「おつたえ」はじめに。」のページへ
【参照】「わたし」のスピリチュアリティー(霊性)の「しんか」のページへ
【<毎週末のめでぃてーしょん>】
                                    <◆◆「おつたえ」まとめ
                                    <★★「しんい・めっせーじ」まとめ



あくしぜんぜんにかえるまなびじゃ。
あくしぜんぜんにかえるまなびじゃ。
あくしぜんぜんにかえるまなびじゃ。

かいしんこころせんたく。
かいしんこころせんたく。
かいしんこころせんたく。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。







今朝も東京地方は雲一つない快晴。
天空には神々しい太陽と共に、毎週末の神社でのめでぃてーしょんに。。。





まず「あくしぜんぜんにかえるまなび。」とお伝えくださった。

「悪」「しぜん」。。。

「善に」「かえる」「学び」。。。

今までも幾度となく「あく」に関してお伝えくださっている。

【参照】「あく」に関する「おつたえ;くげん」
2009年6月6日(土)の「おつたえ」;あくしぜんのしんい
2009年10月10日(土)の「おつたえ」;このよこころすべてぜんあくあいしあわせしんのじぶん
2009年11月7日(土)の「おつたえ」;ぜんあくむだないこのよこころじんせいすべてまなび
2009年11月14日(土)の「おつたえ」;ぜんあくいだきあいとなるこのよこころしんのじぶんしんかまえぶれ。{途中、火災報知器誤報のアクシデントあり


「悪」「しぜん」。。。

「悪」は「自然」であり、それは「至善」。。

つまり、「悪」は、「善」に「至る」プロセス。


私たちの社会意識が成長途上にある過去の私たちの心を振り返ると、「悪」を責め、排除しようとし、この世から抹消しようと試みた。

「悪」に陥ってしまった人々を、社会から差別し、この社会から消し去ろうと試みた。

人間の歴史を振り返ってみても、とある集団意識において「善」とされている戒律にそぐわない人々や物事を「悪」として差別偏見をし、場合によっては「拷問」の様な非道な仕打ちを与えて、その「集団意識」と異なる思想や感覚を持った人々や集団を「悪」としてこの世から追いやろうとした。

人類の歴史をひもとけばひもとくほど、今「善」だと思われていることは、実は、過去にはむごたらしい「悪」の行いを繰り返し、「悪」の歴史の上に今「善」の顔をして成り立っている集団意識も存在する。

過去に「悪」とされてきた事物は、実は、今、「善」となり見直されていることもある。

(【ご留意】上記は「善悪」を非難する意図は全くございません。「かこすべてまなび」「このよこころすべてまなび」です。
また、この場では、具体的な事例の提示は控え慎ませて頂きます。
具体例を挙げることにより、これをお読みくださる読者の皆様ご自身の「こころせんたく」がその具体例によって偏重をきたす懸念があるからです。
具体的にどのようなことを示唆しているかは、これをお読みくださる皆様ご自身が「きづく」そして「こころせんたく」なさることが最善だと感じております。
たとえ具体例は何も「きづかない」としても、それはそれで結構だと感じております。ありがとうございます。)


「かこすべてまなび。」


過去に囚われることなく、「いま」を最善にいきることいかすことが、これからさらに必要になる。

そのためには、今まで「悪」とされてきたこと等に対して、差別偏見見下し罵り等の心をもったり、「悪」だと決めつけ、そのことを責めたり排除しようとしたり抹消しようとすることは、「いま」を最善にいきるいかすことにはつながらない。

(【≫厳重留意≪】これは決して「悪がよい」もしくは「悪を助長している」ことではございません。「あくよしとはいっておらん。」とはっきりと届いております。)
【≫厳重留意≪】
2009年7月9日(木)9:54にとどきました。;あしきごかいするでないぜんあくいだきあいのしんい


あくしぜんぜんにかえるまなび。」と、今朝も改めて「おつたえ;くげん」としてくださった。

今まで「悪」として責めたり排除しようとしてきたことは、これからは私たちの社会意識にはさらに「しぜん」として受け入れられる時となったのだと感じている。

今まで「悪」だとされてきた事情や物事は「しぜん」。

私たちの社会意識がさらに「しんか」するに従い、この世の事情や物事を「悪」として差別偏見したり排除排斥するのではなく、「しぜん」となる。
(【再度厳重留意】そのためには、「あくよしとはいっておらん。」の「しんい」にきづく必要があります。)

「悪」は「自然」なことであり、差別偏見見下し貶め罵りや、排除排斥するのではなく、「至善」であり、「善」に至るためのプロセス(けいい(経緯))である。

その「悪、至善」のプロセスが重要であり、そのプロセスの中に大切な「きづき」となる「ぜんにかえるまなび」が秘められている。

「ぜんにかえるまなび」。。。。

「善に」「かえる(変える/還る)」「学び」。。。。

今まで「悪」とされてきた事情や物事に対して、「悪」として差別偏見や排除排斥するのではなく、その「悪」とされてきた事情の中から「しぜん(至善)」のプロセスである「ぜんにかえるまなび」の「きづき」を見つけることが、これからますます必要となる。

巡り還りあらわれてしまった「悪」と見なされる事情・物事にすら、まず感謝をして、その「悪」とされる事情・物事を差別偏見や排除排斥するのではなく「しぜん(自然/至善)」として、その中から「善にかえる(変える/還る)学び」の「きづき」を悟ることが今後さらに重要になる。


これから、今までこの世の「悪」とされてきたものが見直され、さらに浄化され「しんか」する時と成っているのだと強く感じ/観じさせていただいた。






かいしんこころせんたく。」とお伝えくださった。

上記に「【≫厳重留意≪】」として記させて頂いた「あくよしとはいっておらん。」の「しんい」もとても重要だ。

「悪」は「しぜん(自然/至善)」であり、差別偏見されたり排除排斥されるものではない。

しかし「悪」は「よし(善い)」というものでもない。

今朝くださった「おつたえ;くげん」は、決して「悪」を助長したり推奨するものではない。

「悪」とされる状態に陥ってしまったり、「悪」とされた物事や事情に遭遇してしまった場合には、差別偏見や排除排斥されるのではなく、「悪」とされる事情や物事の中から「善にかえる(変える/還る)学び」をきづき、「かいしん(戒心/改心/回心/改新)」の「こころせんたく」が必要。


この「かいしんこころせんたく」により、「悪」とされる事情や物事が「しぜん」「ぜんにかえるまなび」と成る。

「かいしんこころせんたく」無くしては、「悪」とされる事情や物事が「しぜん」「ぜんにかえるまなび」と成ることは無い。

「悪」とされる事情や物事に遭遇したり陥ってしまった場合には、「かいしんこころせんたく」を成すことが必要。

「かいしんこころせんたく」を成すことにより、「悪」とされる事情や物事に遭遇したり陥っても、それは「しぜん」であり「ぜんにかえるまなび」と成る。


この「かいしんこころせんたく」は、「悪」とされる事情や物事を、「善」に還元昇華させる、とても大切な「こころせんたく」である。


これからは、私たちの社会意識において、何かそれまで「悪」とされてきたことを差別偏見や排除排斥するのではなく、皆の「かいしんこころせんたく」の心により、その、今まで「悪」とされてきた事情や物事を「しぜん」「善」にかえる(変える/還る)「まなび」として、「いかす」ことができる。

また、万が一私たちの社会意識において、何かそれまで「悪」とされてきた事情に「じぶん」が陥ったり物事に遭遇してしまったとしても、自分の「かいしんこころせんたく」の心により、その、今まで「悪」とされてきた事情や物事を「しぜん」「善」にかえる(変える/還る)「まなび」として、「いかす」ことができる。


「かいしんこころせんたく」の心により、私たちの社会意識、このよこころは、これからますます「悪」とされてきたことをも、「善」に「かえる(変える/還る)」「まなび」として、「悪」とされてきた事情・物事すらも、まず感謝し、さらに「いかす」「いきる」時と成ったのだ。






ぜんあくいだきあいとなる。」とお伝えくださった。

「善、悪、いだき あい となる。」

。。。。(以前にもお伝えさせていただいたように)。。

これからは、ますます「善と悪が抱き合い」となる。。。

これからは、ますます「善悪が抱き」「愛」となる。。。

つまり、このよこころ、私たちそれぞれの「人生」に巡り還りあらわれた「現実」を、善悪判断し決めつけ、善を寵愛したり悪を排除したりするのではなく、善悪判断決めつけず、善悪固執執着しすぎず、さらに「すべて」を受け入れ、愛し、全感謝の心で「善も悪も」「いかす」時と成った、またそれが「できる」時と成ったのだ。


「ぜんあくいだきあい」となる。。。。。このよこころの「愛」がさらに、さらに拡がる。。。。



何が巡り還りあらわれようとも善悪決めつけず、まず感謝する全感謝の心により、これからはますます「ぜんあくいだきあい」と成り、このよこころに「みなでしあわせ」の、「あい」がさらに拡がる時と成ったのだと強く悟らさせていただいた。




みなのこころのなかじゃ。
すべてこのよこころのなか。

なにがあってもかんしゃするがよい。

かんしゃしてしんかするしんい。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころのせんたく。
しんいはみなでしあわせ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

このよすべてしぜん。

みなそれぞれじぶんのじんせい。
ひとたにんのじんせいいきられん。

みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。

しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

このよすべてじぶん。
みなでひとつ。
みなでしあわせ。

みなちがういのち。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせ。

このよすべてじぶん。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

このよじんせいむだはない。
このよすべてまなび。

このよすべてまなび。
このよすべてじぶん。
このよすべてしぜん。

みなでしあわせみなでひとつ。
みなこころこのよつながっておる。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

しんのつよさすべてをうけいれすべてをあいしすべてをいかすこのよこころしぜんうちゅうのつよさ。

すべてにかんしゃしまなびなせ。

ぜんあくいだきあいとなる。

なにがあってもかんしゃするがよい。
かんしゃすればこころせんたく。
かんしゃすればこころせんたくこころすむ。

かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。

ぜんかんしゃ。
しんいみきわめまなびなす。
しんかのみちびき。
しあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

かんしゃこころこのよいきることじゃいかすことじゃ。


かんしゃはいきること。。。。

かんしゃいかすこと。


ぜんかんしゃこのよこころいきることいかすこと。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

しんいはみなでしあわせじゃ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることじゃいかすことじゃ。
しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく。
かんしゃすればしんいみえる。
しんいみえればまなびなす。
まなびなせばみちびきつかむ。
みちびきこれあらたなるしんかへのみちじゃ。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃはいきることじゃいかすことじゃ。

ぜんあくいだきあいとなる。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

しんいはみなでしあわせじゃ。






{補足}
。。。今朝の「おつたえ;くげん」は、昨年末に、「ふかんぜん(不完全ある完全)」としてお伝えくださった「2009年12月26日(土)の「おつたえ」;ぜんあくいだきあいとなる。(「不完全ある完全」「しぜん」。ありがとうございます。)」から派生した「おつたえ;くげん」だとも感じ/観じられます。。ありがとうございます。





すべてに、ありがとう。全感謝。

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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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