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2001年3月28日のこと。;心と宇宙。心の宇宙。

2001年3月28日

XXXさん、
下のe-mailを詳細にお伝えさせていただきます。
この世は、大宇宙(外宇宙、大自然)と、内宇宙(こころ、潜在意識)がつながっています。
私の心をずっとずっとたどってゆくと、大宇宙に到達します。(そう、信じます。)
大宇宙(この世)には、XXXさんも存在しています。私も存在しています。YYYの皆さんも、UUの皆さんも存在しています。
私の心(内宇宙)は、大宇宙につながり、つまり、内宇宙の中に、もしくは、内宇宙のはてに、大宇宙がある。
大宇宙の中には、私たちが存在している。
大宇宙は、心の、内宇宙の中にある。内宇宙とつながっている。
従って、私の心の中には、皆さんが存在している。私も存在している。
同時に、皆さんの心の中には、私も存在している。
このように、この大宇宙は、皆さんの心(内宇宙)の集合体であり、お互いの心の中に、お互いが存在しあっている。
つまり、この世、大宇宙は、「私、自分の全体」であり、私の肉体は、その、「自分の全体の」一部。そして、皆さんも、「私の全体である大宇宙」の一部。
これは、あらゆる人間に共通する。
つまり、XXXさんにとっても、この大宇宙は、「XXXさんの全体」であり、XXXさんの肉体は、「その一部」であり、私も、その「大宇宙の中に存在している」から、「XXXさんの全体の一部」なのです。
つまり、「あなたは、私の一部」であり、「私は、あなたの一部」なのです。
つまり、みな、内宇宙と外宇宙によって、「つながっている」「縁がある」んです。
従って、下のe-mailで記したように、「ある人に念、心を送る」ことは、つまり、外宇宙にいる「その方」に念を送るのではなく、自分の「内宇宙の中にいる」その方に念を送るので、それは、結局は、めぐりめぐって、「自分に念を送る」ことになるのです。
つまり、万が一、「流れを乱すもの」がいたとしたら、それは、実は「自分の一部」であり、自分の心の中の、「流れを乱している部分」にきづき、それを改善することによって、めぐりめぐって、結局その「流れを乱すもの」が変わってゆく。
これは、「Inside-Out」とも呼ばれる、自然な心の働き。
だから、私は、今日、自然と対話しながら、コミュニケーションしながら、自分の内宇宙の中の、「その方」に念を送りました。それは、結局、めぐりめぐって自分に念を送ったのです。
自分の「流れを乱すもの」を改善するために。
「その方を意識しながら」自然とコミュニケーションするということは、こういうことです。
瞑想によって、内宇宙と外宇宙が、よりクリアにつながり、そこで、自分の内宇宙に念・心を発する。
Inside-Outによって、自らを高めることによって、自分以外のものにも、自然と影響が生じる、自然の摂理。
この、人間のもつ、人間の心がもつ、自然な摂理に気付いていない人々がまだ多いです。
しかし、確実に、少しずつ、その「自然な摂理」に気付き始めている人が増えています。
人間の、自然な心の力。 
一人でも多くの人が気付くことをまた、瞑想を通じて、祈っています。そのために、ますます私自身がきづく、悟ることにつとめさせていただきます。
そして、この、「自然の心の力」は、決して「自己のエゴ」によっては導かれません。
「こころ、内宇宙は、大宇宙に影響するため」に働きます。働いて、その結果がめぐってきます。
人間は、「陽気に生きる」ために生まれてきました。
内宇宙において、自然の心の力は「人間が陽気に生きるために」その作用が働き、外宇宙に影響し、その結果がめぐってきます。
この「自然の心の力」を自分のエゴのために用いると、外宇宙において「それ相応の結果」が必ずめぐってきます。
因果応報。自然の摂理。 
そこで、会社に眼を向けてみましょう。
高度経済成長時代、「声の大きなもの」が、リーダーになっていたようです。
つまり、人々を大きな声で、もしくは、(ともすると)「精神的暴力」によって、人々を導いた。 (ドライブ力)
その当時は、まだ、社会に「理(合理)」が、充分広がっておらず、TQCなどの概念も、さほど理解されていなかった時代。
その当時は、「声の大きなもの」が集団をリードしても(導いても)、それ相応の「結果」を生じていた。
なぜならば、高度経済成長当時は、「声の大きいもの」は、人々を(ともすると強引にも)導くことによって、それは、「社会、日本の繁栄」につながったため。つまり、その「声の大きいもの」の「こころ」「意図」は、「会社、社会を繁栄させるため」であった。
時代、世の中は、成長し、社会の中に「理、合理」が広まった。 TQCなど、合理的なシステムなどが広がった。
そのような時代、昨今において、「声の大きいもの」が未だに集団をリードしている可能性もある。
しかし、その際に、その「声の大きいもの」は、果たして「人々を正しい方向、最善の結果を生じさせるため」に導いているか、それとも、単に「自己のエゴ」に基づいて導いているかによって、おのずと生じる結果が異なる。
高度経済成長時代の評価基準である「声の大きなものが、ドライブ力があり、リーダーになればいい」ということだけで、現在、リーダーになり、人々を導いていると、その「声の大きなもの」のこころが、「人々に最善の結果を生じさせる」しめいのもとで、導いている場合はいいが、単なる「自己のエゴ」のもとで導いているとしたら、大変恐ろしいことである。
最近の「声の大きいもの」は、論理的に話しを展開することがあるため、「道理をわきまえている」と錯覚されてしまう場合があるが、果たしてその「論理的な話しの展開」の「もと(=その人のこころ)」が、どこから生じているかを見極める必要がある。
つまり、「人々に最善の結果をもたらす」ことを意図して、論理的な話しの展開をしているか、それとも、単に「自己のエゴ」から生じた論法により、論理的な展開をしているかを見極める必要がある。
「論理的な話し」をした際に、「人々に最善の結果を生じさせる」ためであれば、それは「理・道理をいかしている」ことになり、その結果は、「善」の結果が生じる。
「論理的な話し」をした際に、「自己のエゴ」に基づいた場合は、それは、「理・道理」を搾取して、「理・道理」を都合のいいように使って、私欲を肥やしているにすぎないので、結果はおのずと「それなりの私利・私欲にまみれた結果」が生じる。
以上のように、「声の大きいもの」が、リーダーとして存在していた場合、果たして上記のどの場合に当てはまるか、「その人間のこころ」を見極めることが必要である。
そして、リーダーが、万が一、「自己のエゴ」に基づいた「論理的な話しの展開」をしていた場合は、早くその「エゴ」を見つけ出し、みなでその「エゴ」をその人の前で「言葉として表現をして」みなでシェアをして、その人から「エゴ」を消し去ることが対応策でもある。ともすると、「エゴの強い人」は、自分でその「エゴ」が「エゴ」と気付いていない場合が多いので、あえて「言葉として」その人の前で表現をして、その「言葉」が声としてこの世に出たり、みなに聞こえることによって、消え去ることがある。(「言葉の力を活用」)
今回のHHHのおかげで、以上のような、さらにさまざまなことを気付かせていただきました。
XXXさんに、お伝えさせていただきます。




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Author:magatamapajama
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愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

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毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

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