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夢の中の「しんい」

このページは昨夜のめでぃてーしょん(「2009年9月10日(木)の(19:09の断片と)「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ゆめのなかのしんい。」に従い、夢の中で何か「しんい(真意、深意、神意、新意、親意、清意、心意、進意、審意、申意、芯意、信意、信倚、瞋恚、讖緯、神異、神威、しんい)」をきづいた際に、随時(不定期に)端的におつたえ記させていただきます。


{↓↓逆時系列}

◆2010年11月8日の夢; 
1,これから他人様(ひとさま)に「魔」「鬼」をみることが増える。まず感謝して他人様(ひとさま)に囚われないようにすること。
2,「誤解」もまず感謝することにより、「しんいかなうのぞみかなうただしい」結果が「あらわれる」。
3,これから我欲/強欲に囚われていると「盗難」を招く危険が高まる。「盗難」を免れたとしてもその後「事故」に遭う危険が高まる。

1,これから他人様(ひとさま)に「魔」「鬼」をみることが増える。まず感謝して他人様(ひとさま)に囚われないようにすること。
これからますます他人様に「悪魔的側面」や「鬼のような印象」を見ること、感じる/観じることが増える。「みなそれぞれじぶんじんせい」であり、他人様の人生は自分では生きられない。これから年末にかけてますます他人様に「しんいかなわぬのぞみねがいかなわぬ」悪しき傾向を見たり感じ/観じたりすることも増える。「みなそれぞれじぶんじんせい」は「すべてまなび」。他人様を批判や非難、見下し貶め等するのではなく、他人様にまず感謝し、他人様の人生には囚われないようにすることが今後さらに重要になる。他人様にはいかなる事情があろうとも「けいい」の心、「しんのおもいやりあい」の心で対応すること。
2,「誤解」もまず感謝することにより、「しんいかなうのぞみかなうただしい」結果が「あらわれる」。
人には「誤解」というものがある。表層的に「悪意」を相手に感じ/観じたとしても、それは「誤解」である可能性もある。
「誤解」をして感じた/観じた「誤解悪意」に対してもまず感謝すればよい。
感謝の後、「誤解」は「しぜん」と解け、「しんいかなうのぞみねがいかなうただしい」結果が「あらわれる」。
3,これから我欲/強欲に囚われていると「盗難」を招く危険が高まる。「盗難」を免れたとしてもその後「事故」に遭う危険が高まる。
万が一「災難(盗難や事故等)」に遭ってしまったとしても、まず感謝することにより、いずれ「こころせんたくしだい」によりその「災い」がある種の「縁」となり「新たなる人生の方向性」が「あらわれる」。その「人生の方向性」は、「こころせんたくしだい」で善悪様々な「あらたなる人生」をいきる結果となる。



◆2010年8月31日の夢; 
1,欲するものは実は既に自分は持っている。
2,欲するものは思わぬ所に思わぬ形として与えられることがある。

1,欲するものは実は既に自分は持っている。
「欲しい」「実現させたい」等と思っていることは、外に乞い求めなくとも、実は既に自分は持っていたり、既に十分実現させていたりする。「理想」とは多少は異なるものの、実は自分は既に十分持っている/実現させている。ただ、我欲/強欲のために自分がそれに気づいていないだけ。(既に自分が十分持っている物事にきづき、それを「いかす」ことが「さいぜん」。)

2,欲するものは思わぬ所に思わぬ形として与えられることがある。
「欲しい」「実現させたい」等と思ったことは、思ってもみなかった所に、思ってもみなかった形、状態、状況等により自分の人生に巡り還りあらわれることがある。(「欲すること」に固執・執着しすぎると実現が困難になる。固執・執着するのではなく、「しぜん」の心を保ち、着実に「感謝の心」で日々つとめる。)



◆2010年4月24日の夢; 少し大変でも初めから正しいことを成す方が、結果的に全て正しく最善の成果が創出される。

物事を成す時、事前の「人々へのディレクション」が不明確で思わしくなく、「間違い」ではないが「正しい状態」とは少し違う状態で物事が始まってしまった時、その「小さなズレ」を「正しい状態」に最初に修正する必要がある。
たとえその「小さなズレ」を修正するために「苦痛」や「困難」を感じるとしても、最初の段階の「小さなズレ」は最初に修正する方がよい。
さもなくば、その「最初の小さなズレ」は、その時点で表面的に「大したズレ」でないので「小さな事/些細なこと/どうでもよいこと」のように最初は思われ軽んじられるが、後になってとても「厄介」な事情を多々、巻き起こす。
最初の「小さなズレ」は、「苦痛」や「困難」を感じても、最初のうちにその「小さなズレ」を「正しい状態」に修正しておくことが、たとえその時点で「苦痛や困難」があろうとも、結果的に全てが正しく最善の成果が創出される。



◆2009年12月23日の夢; これからは「まさか」が頻出し、「プロがながされ」さらに「しんか」するときとなる。

これから2010年春(新年度)に向けて(それ以降も)、「プロと呼ばれる人々」「プロ意識をもった人々」「プロであることに固執・執着する人々」等に「このよおおせんたく」がさらに一層成され、さらに「しんか」する。
今までの判断基準では思いもよらない「まさか」が続出・頻出し、「プロと呼ばれる人々」「プロ意識をもっている人々」「プロであることに固執・執着する人々」等の判断が「しんかまえぶれ」により、ぶれる。「プロ意識により今までの判断基準」に固執・執着することにより、「しんかまえぶれ」等の「まさか」の事象に判断がぶれ、「このよおおせんたく」が成され、さらに「しんか」する。
これからは、「過去の判断基準」等には固執・執着しすぎず、「今」という時を最善にいきいかすことがさらに求められる。
(【留意】これは決して「プロが無くなる」ということではなく、「プロと呼ばれる人々」「プロ意識をもった人々」「プロであることに固執執着する人々」等のあいだに、大きな「しんか」がさらに顕在化するということです。ご理解頂けましたら幸いに存じます。ありがとうございます。)



◆2009年12月14日の夢; 自分が幸せになることは周りを幸せにすること。

「自己犠牲」が幸せな人はその「こころせんたく」をするのも自由。我欲による「自分だけが幸せになる」のではなく、「みなでしあわせ」の心により「自分が幸せになること」は決して我儘でも強欲・我欲でもない。「みなでしあわせ」の心により「自分が幸せになること」は結果的に自分だけではなく周りをも幸せにしていることになる。「みなでしあわせ」の心により「自分が幸せになること」は、このよこころに「しんのしあわせ」が顕在化するためにはとても大切であり必要なことである。



◆2009年12月5日の夢; 人生で巡り会った人々全てに感謝すること。

人生で巡り会った人々といかなることがあったとしても、まず、感謝すること。人生で巡り会った人々の「想い」は「想い出」と共に巡り還りあらわれる。それも自然。過去、いかなることがあろうとも、「過去」全てに感謝すること。「過去」に未練を残すのではなく、何があったとしても、まず、感謝をして、そして「今」を、最善にいきることいかすこと。
ありがとうございます。



◆2009年11月9日の夢; 「せんたく」は自分自身が成すものである。「せんたく」した後の「行い・実践」がさらに大切になる。

「せんたく」は、他人様(ひとさま)にお願いして「せんたく」してもらうものではない。「せんたく」は自分自身が成すものである。
「せんたく」した後、「せんたく」に基づいた「行い・実践」が今後、さらに大切になる。「せんたく」した後、何も行動しないことは「すんだ」ことにならず、場合によっては「不具合」すら生じる可能性もある。



◆2009年10月20日の夢; 「しんいかなうのぞみねがい」が叶う時には、思いもよらない経緯や思いもよらない形で、叶う時がある。

「しんいかなうのぞみねがい」を心に抱き、誠実に、真心込めてつとめることが大切。「しんいかなうのぞみねがい」は、思いもよらない経緯で叶ったり、思いもよらない形で叶うときがある。



◆2009年10月1日の夢; 心の迷いあらわれし時、このよこころ「しんか」する時、「まなび」の「志(こころざし)」思い出すもよい。

このよこころ「しんか」する時には、心の迷いがあらわれることも自然。心の迷い等あらわれた時には、「まなびの志(=学生時代の「志」や、何かを学ぼうとした「志」等)」を思い出すこともとても大切であり、その「志」を思い出すことにより、新たなる「しんか」の助けとなることがある。



◆2009年9月22日の夢; 挑戦することにより、新たな道開ける。

何かの目標に挑戦することにより、たとえその目標が実現しない結果となったとしても、その「挑戦するという行為」から二次的にも新たな大切な思いもよらない偉大な「成果」がこの世に顕在化する。
崇高な目標に挑戦することが、今、必要である。



2009年9月16日の夢;
◆しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころこめつとめよ。
◆このよこころさらにしんいあらわれる。

新たな「しんか」の世がさらに顕在化するにあたり、日々の生活や行いは今まで以上に「しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころ」(「真心」)こめて「つとめる」ことが必要になる。
これからは、今まで以上に皆それぞれ自分の人生に巡り還る日々の「現実」に「しんい」あらわれる。
「こころせんたく」次第の「しんい」が、自分の人生としてさらに瞬時に巡り還りあらわれる。



◆2009年9月12日の夢; これから夢の種まきをすれば、様々なところで様々な花が開く。(夢の実現)

爆変する世。。。今(これから)夢(願望等)の種まき(自己努力;つとめ)をすれば、近い将来様々なところで、様々なかたちで、その夢が実現する。
今は、夢の実現の種まきの「好機」。
ますます「しんいかなうのぞみねがいかなう。」。。。ですね。



◆2009年9月10日の夢; 女性の愛。この世に生み出す愛。

男性の愛は何かを「成し遂げる」という意識。
そのプロセスにおいて時に「無理」に最後まで「成し遂げたい」という無意識の傾向が強いが、その「無理」が後になって「厄介」を生じてしまうリスクが多い。
一方女性の愛は、何かを「生み出す」という意識。
「男性意識が成し遂げた結果」からさらにこの世に無理はなく自然と「新たな成果を生み出す」という傾向。
これからは、ますます「女性の愛。(女性的な愛のかたち;この世に新たに生み出す愛)」の意識が顕在化する。
さらにクリエイティブ(=無から有の創出)の世となる。




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comment

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いつもお世話になってます。

あの、私は困った事に、夢をほとんど覚えていません。
年に一度ほど覚えていたりしますが…。

どうしましょ?
大丈夫でしょうか?

Re: 夢

ありな様、
こちらこそ、コメントありがとうございます。

。。夢もひとそれぞれだと感じています。。

。。ある方から伺ったのですが、「夢を見るということは、物質世界(=現実社会)で心理的にアンバランスの際に、そのアンバランスを穴埋めするために、意識世界(=睡眠中)で「夢」として体験する。物質社会でバランスがとれていれば夢は記憶に留まらない。」
「熟睡していれば、夢は記憶に残らない。」

私は、それらのコメントもとても納得できます。。

今までの社会意識では「常識」というような「意識の呪縛」がはびこってしまっていましたが、これからは「常識という意識の呪縛」は解き放たれ、「すべてが正しい(=つまり、何が常識で何が常識はずれか。もしくは、何が正しく何が誤りか。。もしくは、何が善で何が悪か。。」という2極的な発想ではなく、「みなそれぞれの状態が最善である。」という発想に「しんか」しています。。

その観点からも、ありなさんの状態もとても自然なことではないでしょうか。

そのような状態が「ありなさんの自然」であれば、逆に、年に1度、夢を見た(もしくは夢を記憶している)時は、それだけ何か奥深い「しんい」があるのかもしれませんよね。。。

夢の件も「他人と比較する」必要は、今後はますます無くなってゆくのだと感じています。。

「その人自身。その人そのものの状態」が、最善で素晴らしく、(我欲ではない)「じぶん」がそのまま自然と最善に尊重される時代に、私たちは「しんか」しているのだと、強く感じています。。

ありなさんの「年に一度の夢」をも、ありがたく感謝して、「夢」を楽しみにしたいものですね。。

ありなさんは「ありなさんの状態」が自然であり最善であり、それがこの世の多様性となり素晴らしいと感じています。

いつもありがとうございます。
まがたまぱじゃま。
プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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