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むら意識;日本の美しい「しんのむら意識(成熟したむら意識)」にも感謝。未成熟な「むら意識」にも感謝。

「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。

2013年10月19日(土)。


最近、

「メール」を

このブログ内に掲出し、

「このよ(この世/子の世/未来)」と

シェア(共有)させていただく

というパターンが増えているように感じ/観じられます。




今朝も、

毎週末の「神社でのめでぃてーしょん」を通じて、

同様に、

下のメールをこうして

「このよ(この世/子の世/未来)」と

シェア(共有)させていただくことになりました。




。。。やはり

『『心の馬』と「ともに」、「相馬事件」と「真実」と。。』と同様に、

下のメールを記しながら、

「このメールもきっと

ブログを通じて

「このよ(この世/子の世/未来)」と

シェアさせていただくことになるのだろうなぁ。。」と

感じ/観じておりました。





「しんせい日本。」に成り、

日々、「わたし」達は常時、

「しんえん(深遠/深淵/神苑/新縁/親縁/清縁/信縁/芯縁/真縁/深縁/心縁/神縁)意識」

(「集合深層意識」「集合的無意識」「集合的潜在意識」等)と、

「つながって」いるのだと

「かくしん」させていただいております。




このよこころすべてつながっている。」




これから、

ますます多くの「心ある『ひと』『ひとりひとり』」「わたし」達が、

このような感覚を同様に

「きづく」時と成ったのだと、

強く感じ/観じています。



ありがとうございます。




(【ご留意】「日本」とは、国土や国民、国境や人種等には一切制限はなく、プレーローマ等「日本のこころ」がある「ひと」に関わることです。)




【本日(2013年10月19日(土)12:30頃追記】
本日(2013年10月19日)は、日本橋小学校で「学校開放」が行われており、下のメールと同様に、今日(10:45頃?)は「中肉中背の薄青緑色の作業服を着た40代後半~50代中盤位の男性」が近寄ってきて、同じように「①学校入り口に5,6名集っていた30代位の女性達がいらっしゃり怖がることと、( 私は隅に立っていたにも関わらず、)②「わたし」が立っている場所は入り口であるので(十分なスペースがあるにもかかわらず)邪魔になるので別の場所に行って欲しい(旨)。」話しかけてきたので、「【1】脳に障がいがある発達障がいである旨と、【2】立って、運動場の向こう側の『小網神社』を眺めているだけ。」である旨を伝えたが、それでもさらにその男性は「③「小網神社」を参拝するのであれば「小網神社」に行って参拝すればいい」旨、示唆するので、私は「その場」から小網神社を眺める必要があることを強調するためにも、比較的大きな声になり、「【3】この場から眺めることが重要なのです!【4】さらに、毎週末日本橋図書館に来ているが、脳に障がいがあるため、ここまで歩いてくる事により身体が熱くなりここで身体を冷やす(涼む)必要がある。【5】先週も「{センヌキ・セナンギだ。}と名のるもの」が同様に言って来たので、「センヌキ・セナンギだ。}と名のるもの」をご存じでしたらその方にご確認いただいてもいい。【6】もしくは、私はブログを記しており、今朝まさに、「先週の出来事」をブログに記したので、そのブログを見れば詳細が記されている。【7】ブログの名前は『すべてに、ありがとう。全感謝。』。。。【8】「全感謝(全て感謝)」という言葉を検索すればすぐに見つかる。」旨、伝えた。
その男性は、ようやくご理解くださったのか、「私がその場に立って小網神社を眺めているだけ」であることを、お母様達に伝えることを私に示唆しながら、お母様の所へ向かった。
その男性がお母様達に説明している様子を確認した後、私は、明確にお母様達に、「私の声」で伝えるために、お母様達に届くように大きな声で、「ご理解くださり、ありがとうございます。詳細はブログ『(すべてに、ありがとう。)全感謝。』に記されています。もしよろしければ、そのブログ『(すべてに、ありがとう。)全感謝。』をご確認ください。「全感謝」という言葉で検索いただければ、すぐに見つかると思います。(不安を感じ/観じさせてしまって)ごめんなさい。(ありがとうございます。)」の旨、明言し、お母様達の方に向かって、深々とお辞儀をして、その後しばらく「小網神社」に向けて「観想」を続けた。
身体の火照りが治まったので、小網神社に向けて「全感謝のごあいさつ」をして、日本橋図書館のビルに入った。
ありがとうございます。
{追記ここまで。}




(「あしきごかい」が生じるといけませんので、メール中、一部、「伏せ字」とさせていただきました。「しんい・めっせーじ」を「きづく」心をもって、「せんたく」なされますと、「伏せ字」「しんい・めっせーじ」があらわれます。ありがとうございます。)

(以下一部削除等修正含む。)
-----Original Message----- 
From: まがたまぱじゃま。
Sent: Saturday, October 12, 2013 10:01 PM
To:あなた様、皆様。
Subject: RE: <返信不要>「おはなし(お話/お離/お放)」;「やみあがりお江戸散歩」での「できごと」。
Importance: High

{お忙しいところご返信いただかなくとも大丈夫です。}


。。。いつも「追伸」が生じてしまい、ごめんなさい。。。
(。。。しかし、いつも「後になって」重要な「◎◎を追加しましょう」と、「とどく(感じる/観じる)」のです。。。
「追伸」ごめんなさい。。。)



下のメール内に、『異物排除』という「ことば」が記されています。。

この『異物排除』という「ことば」に関して、このまま、この日本社会に、このメールのような「明確なアラート(注意喚起)」を「おつたえ」しなければ、近い将来、その「『異物排除』という未成熟な思考(意識)」が、無意識にも日本社会にさらに拡がり、巣くい、それが「もと」になり、結果的に(2020年頃)日本は「世界の『奴隷』」となる」という、「危険(リスク)」を生じさせる懸念が少しずつ強まっているので、この場で、こうして「追伸」として明確に「おつたえ」させてさせていただきます。

それほど、昨今、この「日本社会」に、「無意識にも」、本日の「{センヌキ・セナンギだ。}と名のるもの」のような(一見、「常識人」のように見える、組織の「長」となられるような「成熟した精神の人格者であるべき」)方々の間にも、この「異物排除」的な、「未成熟な思考(意識)」が「常識」のごとく、「平常人である」かように、なにげなくさりげない顔をしながら、この日本の「社会意識」に巣くい始めている(拡がり始めている)ことを感じ/観じています。



◆「異物排除」という意識は、数年前(2000年頃)に「儲けるが勝ち」等という洗脳フレーズと共に、さりげなく、この日本社会に巣くってしまった「弱肉強食」的な「野獣意識」に似ており、『異物排除意識』は、集団における(本人がきづかない無意識内の)「自己喪失意識」に繋がり、それは結果的に「他者(他国)による洗脳意識(奴隷化)の受容体(まえぶれ)」となります。




「弱肉強食」という観点は、「野獣社会」には適合し、機能します。

なぜならば「野獣」には、「ひと」のような「叡智」や「知性」等が無いからです。「叡智や知性」が無い野獣社会においては、「弱肉強食」という「大自然の摂理」しか選択の余地が無く、嫌でもその摂理を選択せざるを得ず、その摂理に適合せざるをえず、しかし、野獣社会では「弱肉強食」という摂理は、「野生」に基づいている摂理であるため、適切にバランスよく「機能」します。

一方、人類・「ひと」には、野獣とは異なり、「叡智」や「知性」があるので、「弱肉強食」という摂理は、「選択の一つ」と成っています。

つまり、人類は、「叡智」や「知性」の成熟により、「弱肉強食」という「野獣的な大自然の摂理」は「選択しなくても良い」という、選択の「自由意志」が与えられているのです。

従って、人類は、「弱肉強食」ではなく、「叡智や知性」を「いかす」ことにより、「共生(=みなでひとつ。みなでしあわせ。)」という、別の「選択をすることが『できる』」生命体なのです。



野獣は、その「選択は『できません』」。



2000年頃に、日本社会に「儲けるが勝ち」等という洗脳フレーズと共に、さりげなく巣くった(拡がった)「弱肉強食」的な「野獣意識」により、あの「3.11以前の無縁社会」等のような、日本社会崩壊が見事に成功しました。

次は「日本■■化」です。(←ここでは「■」の箇所は、敢えて明確な文字入力は控えさせていただきました。ごめんなさい。。。)


しかし、(事前に何度もブログ等で「おつたえ」させていただいたように)ようやく「3.11の発生」により、それまで鈍感で未成熟だった日本社会意識は、「しんの日本の美しい心」を思い出し始めたようです。


TPP交渉開始や、「2020」が「東京」に決定したこと等により、ますます「日本■■化」がし易くなっております。



さらに「3.11」のために、日本人の「和」の意識が強まり、「しんのおもいやり愛(しんあい(真愛/神愛))」に繋がる「しんのわ」の心であれば、問題はないのですが、自ら「考える」ことをせず、「他人と『同じ』であれば安心する」ような未成熟な意識のために、「和」の心を、「付和雷同」的に「絆」というフレーズ等により、「しんのきづな」と「しがらみ」とを錯覚してしまうような結果も、日本社会に生じました。

(現在も「絆」から「(自己思考の無い)共感」へと表現を変え、同じ事が生じ続けている可能性もございます。)


その「しがらみ意識」は、ますます「日本■■化」には良好、最適で都合の良い意識です。


その「しがらみ意識」は、同時に、本日の{センヌキ・セナンギだ。}と名のるもののような「組織の長(責任者)」にも好都合の意識なのです。



日本社会における「組織」は、無意識にも、「日本の国の成り立ち」に起因しています。

そこには「むら意識」という日本の大切な「組織の意識」が存在しています。


その日本の大切な「むら意識」には、「善きむら意識(成熟したむら意識)」と(大切ではなく「改善」が必要な)「悪しきむら意識(未成熟なむら意識)」があります。


【◆重要観点◆】⇒「善きむら意識(成熟したむら意識=しんの日本のむら意識)」は、まさに「しんの美しい日本の『こころ』」である「しんのわ」「しんのおもいやり愛」「しんあい(真愛/神愛)」によって「しんのきづな」で結ばれた「相互理解」と「相互信頼」等による、「個人の『ちがい』や自由意志が尊重されながら、個々の『ちがい』が「いかされ」、その「しんのきづな」で結ばれた『ちがい』の多様性が、その集合体(組織)の「つよみ」にも成り、成熟した個々の精神の集合体としての『しんのわ』が保たれている」集合体(組織)意識です。

この「善きむら意識(成熟したむら意識)」の社会では、個々の精神が成熟しているので、その社会内の「異質な存在」に対して悪しき誤解や未理解無く、「理解」することができますし、さらにある意味、その「成熟した社会」に於いては、「個々がそれぞれに異質な存在である」と同時に「その個々の異質な存在」の集合体(組織)を「俯瞰的」に観ると、その集団は「全体として『ひとつ(和)』」である」という、成熟した観点も可能です。

そのような「成熟したむら意識」による集団社会に対して、たとえ外部からその社会を「■■化」しようと働きかけても、その「意図」を、成熟した知性により個々人が、悪しき誤解や未理解無く、容易に「見極める」ことができるので、その社会は決して「■■化」されることはありません。



一方「悪しきむら意識(未成熟なむら意識)」は、集合体個々の意識が未成熟であるがため、日本の「和」の心を誤解し、自分で考えることなく軽率に、「他人と『群れて』(もしくは『繋がって』)いれば安全。」「他人と『同じ』であれば安心。」「他人と『一緒』であれば正しい。」等と感じて/観じてしまう「集団愚衆意識」や「集団均等意識」「集団一律意識」等が巣くっています。

そのような集団は、個々が「絆の体裁をした(絆のような)『しがらみ』」によって拘束されており、その「拘束されていること」すら、個々人は「きづく」能力・脳力が乏しいために、本人は「きづく」ことができないので、かえってその「しがらみ」に拘束されること自体が「集団の規律(もしくは秩序やルール等)を守っている」という錯覚にさえ陥っていることもあるのです。

そのような集団の中では「相互理解」は「(形骸化した)常識的」もしくは「(「たてまえ」と称される)表層的」に留まり、「誠実な、真実」に基づいた「相互理解」は成されません。従って「相互信頼」も「たてまえ上」の「信頼」を装った「かんぐり」という「本音」や「根回し」「裏工作」等が横行いたします。


また、未成熟なむら意識の集団では、本日の{センヌキ・セナンギだ。}と名のるものがまがたまぱじゃま。に仕向けたように、「恐怖」という概念を持ちだして、『ちがい』を「恐怖」にすり替えて、「『ちがい』を排除」しようといたします。





「恐怖」は「無知」「未知」等という心理作用により生じます。


「理解できる存在」に対しては「恐怖」は生じ得ません。





そのことに「きづかず(もしくは「きづく」能力・脳力が乏しく)、『ちがい』を「恐怖」や「脅威」等にすり替えて、精神的もしくは物理的な攻撃を仕向けることが「いじめ」や「戦争」等を生じさせるのです。
(「理解する成熟した能力・脳力(人類の叡智;知性等)」があれば、「いじめ」等は生じません。
「ちがい」を「理解する能力・脳力」が乏しいものが、「いじめ」等「異物排除」を「このよ(この世/子の世/未来)」に生じさせてしまうのです。)


未成熟なむら意識の集団では、そのように「ちがい」が排除され、また「ちがい」が接近することに対して「防衛」をしなければならなくなるのです。

そこには「多様性」も存在せず、「しんのつよさ」も育成されず、ただ「均一で貧弱な価値観(価値基準)」に囚われた未成熟な愚衆が、他の「ちがい」に対する「恐怖」を取り繕うために、無用な武装をしなければならないのです。


以上のような「悪しきむら意識(未成熟なむら意識)」における『ちがい』を排除するような「しがらみ意識」が巣くっている集団は、「日本の■■化」に、大いに貢献いたします。

なぜならば、その集団の「影響者(=「長」や「影響力を持っている存在」等)」のみならず、その集団の「誰か一人」が、さりげなく、本人もきづかずに「■■化」するための、「常識」を装ったような、なにげない「策略」にはまってしまえば、『ちがい』を排除する「多様性」の無い「未成熟なむら意識」の集団内に存在している、自分で考えることなく軽率に「他人と『群れて』(もしくは『繋がって』)いれば安全。」「他人と『同じ』であれば安心。」「他人と『一緒』であれば正しい。」等と感じる/観じる「集団愚衆意識」や「集団均等意識」「集団一律意識」等の効果により、その集団がきづくことなく、比較的短時間で自動的に「■■化」できてしまうからです。


「ちがい」を排除しようとした、本日の{センヌキ・セナンギだ。}と名のるものが責任者である集団が運営している運動会は、このままでは場合により「日本の■■化」に将来貢献する、「■■」の子供を育てているようなものと化する、絶大なる可能性を秘めた有力候補集団という観方もできるのです。


恐らく、以上に記した「内容」は、{センヌキ・セナンギだ。}と名のるものの意識においては、「きづいていない」と、本日、感じ/観じました。




もし『ちがい』を「理解しようとする心」や、成熟した社会のさらなる実現のために、「多様性の重要性」を理解しようとする心や能力・脳力があれば、「わたし」を「排除しよう」とはしないからです。




また、「異物排除」という観点は、「人体」や「生理現象」には観られる可能性はあるものの、しかし一方で、地球における「生命の根源」は、実は地球外(宇宙)からの「地球にとっての『異物』」により(『異物』のおかげで)、誕生(発生)した。という観点すら、科学的にも可能だと感じ/観じています。

さらに、「人類の進化」にとっても、「ウィルス」等の『異物』が、大いに貢献しているという科学的根拠も否定できません。

また「精神的」「学問/学習的」等の観点からも、「精神の成長(成熟)」は、その個人の「意識(精神・心等)」が、それまで「自己」の中には存在していなかった「異物的」な、「新たな、異なる考え方や情報や観点、もしくはグノーシス(神的叡智)等」を、取り込むことにより(=理解することにより)「こころ」は成長し、成熟するのです。

以上のように、「しぜん」の「成長」「成熟」「しんか」等の観点からも、「異物排除」という思考(意識)は、「あしきこころせんたく」であるという判断が「かくしん」されます。

世界的な思考・意識の潮流も、「exclusive(イクスクルーシヴ=排除的・排他的・独占的等)」ではなく、「inclusive(インクルーシヴ=包含的・包括的)」な思考・意識が重要視されていると強く感じ/観じます。


。。。。。。



昨日までの「やみ」のトンネルを抜け、「やみ」にも感謝し、そして、本日の数々の「できごと」等のお陰で、「いま」こうして、「このメール」を、皆様に「おつたえ」させていただくことができていると、「やみ」にも「すべて」に感謝しています。

ありがとうございます。

。。。。。




もう、避けては通れない「2020」に向けて、

「世界の■■」と成り、

「とんでもない2020」が「日本」に顕在化するか、


「世界に貢献する国」と成り、

「ぶなん」で「このよこころ大平和2020」と成るか、



「みなのこころせんたくしだい」。。。。




とてもとても楽しみです。


ありがとうございます。






念のために、重要な観点を「再記」させていただきます。


<重要観点再記;ここから>
◆「異物排除」という意識は、数年前(2000年頃)に「儲けるが勝ち」等という洗脳フレーズと共に、さりげなく、この日本社会に巣くってしまった「弱肉強食」的な「野獣意識」に似ており、『異物排除意識』は、集団における(本人がきづかない無意識内の)「自己喪失意識」に繋がり、それは結果的に「他者(他国)による洗脳意識(奴隷化)の受容体(まえぶれ)」となります。


【◆重要観点◆】⇒「善きむら意識(成熟したむら意識=しんの日本のむら意識)」は、まさに「しんの美しい日本の『こころ』」である「しんのわ」「しんのおもいやり愛」「しんあい(真愛/神愛)」によって「しんのきづな」で結ばれた「相互理解」と「相互信頼」等による、「個人の『ちがい』や自由意志が尊重されながら、個々の『ちがい』が「いかされ」、その「しんのきづな」で結ばれた『ちがい』の多様性が、その集合体(組織)の「つよみ」にも成り、成熟した個々の精神の集合体としての『しんのわ』が保たれている」集合体(組織)意識です。

この「善きむら意識(成熟したむら意識)」の社会では、個々の精神が成熟しているので、その社会内の「異質な存在」に対して悪しき誤解や未理解無く、「理解」することができますし、さらにある意味、その「成熟した社会」に於いては、「個々がそれぞれに異質な存在である」と同時に「その個々の異質な存在」の集合体(組織)を「俯瞰的」に観ると、その集団は「全体として『ひとつ(和)』」である」という、成熟した観点も可能です。

そのような「成熟したむら意識」による集団社会に対して、たとえ外部からその社会を「■■化」しようと働きかけても、その「意図」を、成熟した知性により個々人が、悪しき誤解や未理解無く、容易に「見極める」ことができるので、その社会は決して「■■化」されることはありません。
<重要観点再記;ここまで>


。。。。。



「わたし」は、「いま」できる「さいぜん」(自分の本物)を、誠実に、そして精一杯、こうして「2013年の今の段階」で、「メール(文字)」にて、「おつたえ」させていただきます。


「長文」となってしまい、申し訳ございません。

しかし、「いま」こうして「おつたえ」させていただくことが、「さいぜん」(=自分の本物)であり、「できること」を精一杯、つとめさせていただきました。

いろいろと申し訳ございません。


ご理解下さり、ありがとうございます。
まがたまぱじゃま。






-----Original Message-----
From: まがたまぱじゃま。
Sent: Saturday, October 12, 2013 5:05 PM
To:あなた様、皆様。
Subject: <返信不要>「おはなし(お話/お離/お放)」;「やみあがりお江戸散歩」での「できごと」。
Importance: High

{お忙しいところ、もちろん、ご返信いただかなくとも大丈夫です。}

あなた様、皆様、
多くのメール、申し訳ございません。
(また、「長文」となってしまい、ごめんなさい。。。。)

こうして、「おはなし(お話/お離/お放)」させていただけることに、重ね重ね、感謝しています。
ありがとうございます。

昨今、「台風連続通過」や「TPPの世界的思惑(日本の「どれい化(【厳重留意】「どれい」は「奴隷」とは異なります。」)」「増税」等に伴い、「天候超不安定」および「社会波動・雰囲気超・激不安定」の「なか」、まがたまぱじゃま。の精神状態も「風邪(ふうじゃ)」までいただき、これまでになく「精神超・激・爆・めちゃくちゃ不安定」のため、このような多くのメール送信、申し訳ございません。

しかし、「こころ」に鬱積させておくことは、あの「3.11」の直前のように、「このよ(この世/子の世/未来)」に「大地震」や「竜巻」、「洪水」、「火事」や「飛行機墜落」、「原発爆発」「火山噴火」「都市直下」「猟奇・狂気殺人」等、別の「悪しき事情」が生じますので、「こころ」からこうして出して、「おはなし(お話/お離/お放)」させていただきます。
申し訳ございません。何卒よろしくお願いします。
ありがとうございます。



<要点>

◆本日(2013年10月12日(土)10:00頃~11:30頃)の「やみあがりお江戸散歩」において、「2つの大きな『できごと』」が生じた。

「できごと」
①{削除}での会話の出来事
②日本橋小学校運動場前での出来事




<「できごと」概要>

【1】{削除}での会話の出来事
{要点}
{削除}

<原因>
{削除}

<自己分析>
{削除}



【2】日本橋小学校運動場前での出来事
{要点}
幼稚園の子供達が運動場で運動会をしていた状況を見ながら、運動場の向こう側にある「小網神社」に「全感謝のご挨拶」をしていたところ、「{センヌキ・セナンギだ。}」と名のる男性責任者とコミュニケーションをし、「まがたまぱじゃま。のために子供が怖がっている(旨)」を指摘され、{センヌキ・セナンギだ。}と名のるもののその意図を正すと、実は「子供は怖がっているのではなく、{センヌキ・セナンギだ。}と名のるものがまがたまぱじゃま。をその場から排除したい」という「深層目的」がわかり、結局「キューピー人形のような表情と姿勢」であれば怖がらないという相互同意的「決着」のもと、まがたまぱじゃま。は「キューピー人形のような表情と姿勢」で、運動会とその向こうの「小網神社への全感謝のご挨拶」をすることになった。

<原因>
いつものように、「小網神社(稲荷神社)」に向けて、右手を{削除}の形にして、手を挙げて(運動会の楽しい波動・雰囲気に同調して笑顔で)「全感謝のご挨拶」をしていた「ポーズ」が、{センヌキ・セナンギだ。}と名のるものの「理解の範疇を超え」てしまったためか、「大多数と異なるまがたまぱじゃま。のポーズ」は、{センヌキ・セナンギだ。}と名のるものにとっては「恐怖」に似た何らかの「精神的抵抗」を生じさせ、「まがたまぱじゃま。を排除しよう」と意図したものだと推測している。

<自己分析>
{センヌキ・セナンギだ。}と名のるもの等、日本社会意識が未成熟であるため、大多数と異なる存在に対して、「理解をしよう」という「inclusive(インクルーシヴ=包含的・包括的)の心」や「まなび」の心よりも、短絡的に軽率に「異物は排除しよう」という、社会意識の成熟を妨げる「未成熟な意識」が、日本社会に巣くいだしている(拡がりはじめている)のだと分析した。

{【補足】TPPや「2020東京」等により、今後「日本のどれい化」がさらに進むうえで、(本日、「{センヌキ・セナンギだ。}と名のるもの」がまがたまぱじゃま。に仕向けたような)「排除意識」は「付和雷同意識」に繋がり、結果、まさに日本は「奴隷社会」となるリスクがあることに、一人でも多くの心ある日本人がきづくことが必要だと強く感じ/観じています。
TPPや「2020東京」等により、もう止められない「日本のどれい化」の世界潮流において、日本社会や「心無い日本人」等が、世界の「奴隷」になるのではなく、『世界に役立つ日本(世界に貢献する日本)』と成ることを祈念してやみません。
(【厳重留意(再記)】「どれい」は決して「奴隷」ではありません。悪しき誤解無きよう。ご理解いただけましたら幸いに存じます。ありがとうございます。)

<改善必要事項>
TPPや、「2020東京」を迎え、今後、日本社会に「これまでとは異なった考え方や文化」等が、多量に入る社会趨勢では、「日本人」としての「アイデンティティー(=世界における「日本人」としての大切な美しい「こころ」)」は尊重し保持しながらも、それとは「異なる存在」に対して、「排除するような意識を向ける」のではなく、「異なる点」を「理解」するために、「質問(確認)」したり「コミュニケーションする」こと、『◆相互理解する(ようにつとめる)こと』が、今後ますます重要になります。

(このメールをお読みの皆様は決して「未成熟」にはもちろん該当しませんが、皆様以外の日本人の中で)未成熟な日本人は、「理解すること」と「同調すること」を同じだと誤解している可能性があります。つまり、「理解すること」は、「理解した内容に自分も同調しなければならない」という誤解をしている可能性もあります。しかし、「理解すること」は決して「同調する」ことではなく、「自分と相手との異なる点」を「認め」、「その異なる点を、ありのまま存在させる」さらに場合によってはその「異なる点」から「まなぶ」ということが今後は、ますます重要になります。

さらに「まなぶ」とは、これも未成熟な日本人にとっては「同調する」ことと誤解してしまう傾向があります。なぜならば、日本人にとって「まなぶ」とは「まねぶ」から派生しており、「まねぶ」とは「まねる」ことに似ている行為であるため、「まなぶ」ことは「まねる」ことに繋がり、無意識にも他人様(ひとさま)に「自分の考え」が無いまま「同調」してしまい、その軽率な「付和雷同意識」により「奴隷化」されてしまうのです。成熟した日本人の美しい「和の心」と未成熟な「付和雷同意識」とは全く異なる精神であること、および「しんの『わ』」の心を、一人でも多くの心ある日本人が早急にきづくことを切望しています。

「まなぶ」ということは「同調する」ことでもなく、「付和雷同する」ことでもなく、「異なる存在を認め理解し、その『ちがい』の中に、新たなる発見をする」ことであり、その「発見」が、自己をさらに成長・成熟させる可能性があると認識した場合には、その「発見」に基づいて、自己の精神(『知性』)をさらに「成長」「成熟」させるように、意図・意識・行動等する。ということです。

{【補足】尚、「未成熟」は「未熟」と異なります。「未成熟」には、将来的に「成熟する」という偉大な「可能性」があり、あくまでも「成熟」に向けた「プロセス(過程)」(「しぜん」の「成熟途上の状態」)を示唆しております。「未熟」が場合により暗示するような「見下し」や「揶揄・嘲笑」、「貶め」等の「ネガティブな悪しき意図」は含まれておりません。ご理解いただけましたら幸いに存じます。ありがとうございます。}



【参照】
「成熟」「未成熟」等に関しては、まがたまぱじゃま。のブログの以下のURLページを参照いただけたら幸いです。

以下「【参照】」「ブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記事頁内における「伏せ字」を読むためには;
1,ページ内にカーソルを置き、
2,マウスの「右クリック」をすると表示される項目のうち、
3,「すべて選択」を「せんたく(選択)」することにより、
4,ブログの頁画面の文字範囲が「すべて選択」され、
5,「こころせんたく」を成さなければ読むことができなかった文字が、
6,「すべて選択」を「せんたく(選択)」するという、「こころせんたく」により、
7,文字部分が範囲選択され
8,伏せ字の箇所が浮き出て
9,読めるように成ります。

)『「差別偏見意識」。』

)『「しんのわ」。』

)『「わたし」の「オネスティー(真実/誠実)」。。。「わらい」も「ある」ユーモアの「わかる」成熟した「このよこころ」。』

)『『裸の王様』の「しんい」、「まがたまぱじゃま。」』

)『【念のための明示再掲】2013年3月11日(月);「このよおおせんたくおおつなみ。」「3.11」の「つぎ」が生じる前に。。。』

)『【◆重要◆】「2012年 文化の日」「文化」の「しんか」のために。:「こころせんたく」により「しんい」を感じる/観じる方法の「きづき」。』




。。。「やみあがり」で、「精神超・激・爆・めちゃくちゃ過敏」のため、上記のような文章表現をしてしまい、ごめんなさい。。。

しかし、こうして、「おはなし(お話/お離/お放)」させていただくにつれ、心、精神「こころ」が、とても楽になっています。。。

こうして、「おはなし(お話/お離/お放)」させていただき、ありがとうございます。





<「できごと」詳細>

【1】{削除}での会話の出来事
1,上にも幾度も記したように、「度重なる台風通過」や「増税」「TPPの世界的思惑」等に伴い、「天候超不安定」および「社会波動・雰囲気超・激不安定」のため、10/1~昨日まで「風邪(ふうじゃ;体調崩し)」の「やみ」の「なか」にあり、しかし「やみ」にも感謝した。

2,本日ようやく「多少の倦怠感の残留」を感じるだけにまで回復し、「いつもの土曜日」のように「神社でのめでぃてーしょん」に行った後、今朝は途中で{削除}するため、少し早めに「10:00頃」から、「お江戸散歩(やみあがりお江戸散歩)」に出かけた。

3,「やみあがりお江戸散歩」のコースは;
お江戸庵(=まがたまぱじゃま。の自宅)→{削除}→久松警察署前→人形町→日本橋図書館(日本橋小学校運動場前)→人形町→久松警察署前→お江戸庵。

4,耳には、マドンナ様の曲を聴きながら、マドンナ様の「人生苦悩の「ユーモア」のみならず、人生の如何ともしがたい『真実』をも受け入れ、それでも『いきる』というパワー」を感じ/観じながら、「お江戸散歩」にでかけた。

【参照】『マドンナ様と、レディガガ様と、カーペンターズの皆様と。。。(「春夏」の「わたし」と、「秋冬」の「わたし」と。。。)』


5,~30,{削除}





。。。。。以上で、「【1】{削除}での会話の出来事」を『おはなし(お話/お離/お放)』させていただき、また、とてもとても精神がすっきりと安定できました。

長文となり、ごめんなさい。。。

本日は、「もう一つ」「できごと」がございます。。。。

ごめんなさい。。。。。


「おはなし(お話/お離/お放)」させていただきます。。。。

心に鬱積させておくと、また「3.11」の直前のようなことが生じてしまうと、まがたまぱじゃま。としても、とてもとても困り、悲しくなります。。。。

ごめんなさい。。。。。

ごめんなさい。。。。。


こうして、「おはなし(お話/お離/お放)」させてくださり、ありがとうございます。。


ありがとうございます。。。。





【2】日本橋小学校運動場前での出来事
1,「{削除}での『できごと』」にもめげず、「やみあがりお江戸散歩」を続け、借りていた書籍等を返却し、予約していた書籍等を受け取りに、「日本橋図書館」へ向かった。

2,日本橋図書館の入り口右手は「日本橋小学校(と、日本橋幼稚園)の運動場入り口」。

3,今朝は、運動場で「日本橋幼稚園の運動会」のような活動が催されていた。

4,まがたまぱじゃま。は幼児や子供には全く興味は無いが、しかしその「いのち」としての素晴らしさ(可能性等)に対しては、「みなでひとつ。みなでしあわせ。」に「そだつ」偉大な「このよ(この世/子の世/未来)」を感じ/観じている。

5,いつものように、「運動場の向こうにある小網神社」に「全感謝のご挨拶」をするために、「運動場入り口」の「縦格子上の門」の前に立った。

6,あまり「入り口」に近寄りすぎると、運動会の関係者の皆様にもある種の「精神作用」を感じ/観じさせては申し訳ないので、いつも立つ位置よりも「門から離れた位置」に立った。

7,その位置から、目の前に拡がる「幼稚園児やお父様、お母様、保育師の皆様等の、楽しそうで躍動的な波動・雰囲気」を美しく感じ/観じながら、その向こうにある「小網神社」に心向けて、「全感謝のご挨拶」をしていた。

8,以前は、「ビリー・ジョエル様の『Honesty(オネスティー)』の「うた」が生じたが、9月21&22日の「相馬への心の旅」以降は、生じなくなった。

【参照】
)『日本橋小学校前での、「できごと」。』

)『2013年9月21日(土)&22日(日)の「ひかりたち」;ただいま、相馬!心の馬と「ともに」、相馬中村神社、涼ヶ岡八幡神社。』


9,運動会の「楽しそうな波動・雰囲気」に併せて、まがたまぱじゃま。も笑顔になり、同時に「右手」は(いつもの「全感謝のポーズ」のように){削除}あらわし、右手をまがたまぱじゃま。の顔横辺りまで挙げて、楽しい波動・雰囲気に併せて、多少、上半身を左右にゆさぶったりもした。

10,しばらくすると、運動場の門から、身長180センチ位、中肉で、スタッフ的なおそろいの茶色系のTシャツと、ベージュ系のチノパンの服装の30歳中盤~40歳前盤位の背の高い男性が出てきて、まがたまぱじゃま。に向かって歩いてきた。

11,(上記「【参照】1)」の時のように)以前も同様な状況があったので、「あぁ、またこの背の高い男性は、まがたまぱじゃま。に対して、何らかのコミュニケーションを必要としているのだろうなぁ。」と感じ/観じ、同時に、まがたまぱじゃま。の方からその男性に向けて、

12,笑顔で、「こんにちは。今、こうして、目の前の運動場の運動会の様子を見ながら、その向こうにある小網神社に全感謝のご挨拶をさせていただいています。私の脳には障がいがあります。発達障がいです。以前は、ここで「ビリー・ジョエル様の『Honesty(オネスティー)』のうた」が生じましたが、最近は治まっております。

13,子供達の元気な様子と、その子供達が「このよ」で育つ幸せ、同時に、「このよ」が育つ(発展する)幸せ等を、運動場の向こうにある小網神社にむけて(小網神社と「ともに」)、『観想(かんそう)』させていただいております。

14,「観想」とは、(集中して)観て、想う(想像する)精神活動です。」と、「現状説明」をさせていただいた。

参照】weblio辞書「観想」


15,すると、その背の高い男性は、まがたまぱじゃま。に向かって「子供達が怖がっているのでやめてくださいますか。(旨)」と言葉を発した。

16,まがたまぱじゃま。は、その男性が発した「怖がっている」という言葉に対して、とても強い「不快(不信)な念」を感じ/観じたので、「なぜ怖がっているのですか?私の何が、子供達を怖がらせているのですか?」と、逆に、その男性に「確認」のための「質問」のコミュニケーションを開始した。

17,すると、その男性は、まがたまぱじゃま。の質問に明確に答えようとせず、さらに「子供達が怖がっているので、この場から移動して欲しい(旨)。」と、まるで「あっちか、どこか別の場所へ行け!」とでも訴えかけるような暗示的な、ジェスチャーを交えたコミュニケーションをし始めた。

18,まがたまぱじゃま。には「子供が怖がっている様子」は全く感じ/観じられなかったので、「どの子供が怖がっているのですか?私にはとても楽しそうに見えます(感じ/観じられます)が。。。どうして子供は怖がっているのですか?。。。私が、こうして手を顔の横に挙げて、笑顔で身体を左右に軽くゆったりと揺すっているからですか?そうであれば、その行為は慎みます。」と言いながら、

19,「このように(←「キューピー人形のように笑顔で、両手を下に開いた形で静止するポーズ)な姿勢であれば、大丈夫ですか?」と、その男性にさらに確認のための質問を続けた。

20,男性は「私はこの催しの責任者です。私が「子供達が怖がっている」と判断したのです。ですから、ここではなく。。。」と、さらに「どこか別の場所に立ち去れ!」というような、「相互理解」を試みるのではなく、未成熟な精神から軽率に生じる「異物排除」的な、浅はかな念を込めたような暗示的なコミュニケーションを続けようと、まがたまぱじゃま。に仕向けてきたので、

21,「あぁ、子供達はやはり全く怖がっていないのですね。あなたが「怖がっている」と(一方的に)判断しているだけですね。ありがとうございます。大丈夫です。私は、こうして小網神社に向けて『観想』をしているだけですから。ありがとうございます。」と、丁重に、笑顔でその男性に答えたところ、

22,その男性も(少し引きつったような)笑顔で「わかりました。」と、ようやく「納得できた」ような表情で、立ち去ろうとしたので、

23,「ご理解下さり、ありがとうございます。失礼ですが、お名前は?「わたし」は、まがたまぱじゃま。と申します。ありがとうございます。」と、相手様のお名前を確認すると、

24,「{センヌキ・セナンギだ。}」と、その男性は答えて下さいました。

25,そして、その後しばらく『キューピー人形』のような「笑顔と、両手を下に開いたような姿勢」で、立ち、運動会の楽しい波動・雰囲気の向こうに存在する「小網神社」に向けて「全感謝」の『観想』を続けた。

26,その後、まがたまぱじゃま。の右隣の方から、白髪で60代前半位のお元気そうな女性がなにやら、不明確に、まがたまぱじゃま。に言葉を投げかけてきたが、「発達障がい」のため不明確な「ちょっとした会話」がとても苦手なまがたまぱじゃま。は、無責任な受け答えをすることもできないので、

27,「すみません。私は詳細はわかりません。あちらに、この運動会の責任者の{センヌキ・セナンギだ。}と名のる男性の方がいらっしゃると思いますので、その方であればご存じだと思います。」と笑顔で丁重に答えて、『観想』を続けた。

28,ところで、まがたまぱじゃま。が、「お江戸散歩」の際に、すぐに「日本橋図書館」に入らず、しばらく「日本橋小学校の運動場入り口の門」の場所で「時間を費やす『明確な理由』」が、もう一つある。

29,それは、「日本橋図書館」のビルの「地下」には、「温水プール」があり、いつもそのビルに入ると「温水プールの湿気」が立ちこめ、ビル内は「高湿度」になっている。

30,まがたまぱじゃま。の「発達障がい」の「精神過敏」には、その「高湿度」がとても影響してしまう。

31,「お江戸散歩」により、身体が「熱く」なっている状態で、(さらに昨今の「真夏再来」の暑さの日には)、直接すぐには「高湿度の日本橋図書館のビル」には入ることができない。

32,「お江戸散歩」により、身体の熱が高まっている状態で、「高湿度」の日本橋図書館のビルに入ると「精神過敏」が助長され、「精神不安定の発作」が生じてしまう危険がある。

33,以上のような「明確な理由」もあり、「お江戸散歩」で、「日本橋図書館」に到着した際には、「身体のほてり」をさますためにも、「運動場手前の門」の位置で、少し「やすむ」必要があるためだ。

34,さらに、その「門の手前」の位置は、建物の構造上、風のある日には、「とても心地よい風」が吹き流れる。

35,「運動場」に吹き込んだ風が、運動場内で集められ、丁度「門」を通って、外に「吹き抜ける」ような構造になっているためだと分析している。

36,「温水プールの上」に建つ、「高湿度」の「日本橋図書館のビル内」での「発作」を防止するためにも、まがたまぱじゃま。にとっては「運動場入り口の門の手前」で休憩する必要がある。

(【念のためのご留意】「湿気を嫌う書籍」が保管されている「図書館」が、高湿度発生源である「温水プールの上に建つ」という構造の、『施設のありかた』に関しては、この場でのコメントは敢えて慎ませていただきます。ありがとうございます。)




以上。。。。


。。。。。。



こんなに、「長文」になってしまいましたが、こうして『おはなし(お話/お離/お放)』させていただけて、ようやく精神が安定できそうです。


いつも長文になってしまい、申し訳ございません。。

こうして「おはなし(お話/お離/お放)」させていただけることに、心から感謝しています。。。



ありがとうございます。。。。
まがたまぱじゃま。
{メールのシェア、以上。}





「このよ(この世/子の世/未来)」のために、

わたし」は、「いま」できる「このよこころ」の「さいぜん」を成し、

「わたし」は、「すべて」に感謝します。

「みちのかみ」「やみわかみ」「このよこころ」「すべて」「しぜん(自然/至全/至善/至禅/自禅)」。

みなでひとつ。みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。


ありがとうございます。




念のための明示再掲】
2013年3月11日(月);「このよおおせんたくおおつなみ。」
「3.11」の「つぎ」が生じる前に。
。。



【重要】(「このよおおせんたく」に関する内容は初めてこのブログをご覧いただいた方のために幾度も記させて頂いております。ご理解頂けたら幸いです。ありがとうございます。)
2009年6月13日(土)の「おつたえ」;このよおおせんたくしあわせせんたくのかくしん
【参照】
2008年9月5日(金)11:00頃とどきました。;みちびき
2008年9月16日(火)9:00すぎにとどきました。;おおせんたくはじまる
2008年9月16日(火)20:30の「おうかがい」;おおせんたくとは


「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。


すべてに、ありがとう。全感謝。
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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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