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「しんのわ」。

「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。
2012年9月8日。


(この内容は、かねてより幾度も「しんい・めっせーじ」の「たね」等として頻繁に届き感じて/観じており、先週(2012年9月1日)の「神社でのめでぃてーしょん」の際に、「しんえん(深遠/深淵/神苑/真縁/深縁/心縁/神縁)意識」に比較的強く届き感じ/観じ、そして本日(2012年9月8日)、以下の通り、こうして明確に「おつたえ」させていただくことができました。ありがとうございます。)



成熟した「こころ」をもつ国民が集う「日本」のために; 「しんのわ」。
(【ご留意】「日本」とは、国土や国民、国境や人種等には一切制限はなく「日本のこころ」がある「ひと」に関わることです。)



成熟した

「こころ」をもつ国民が集う

「日本」のために; 「しんのわ」。



まず、「成熟」とは

「老い」や「老化」、「古びること」や「朽ちること」ではない。



「成熟」とは、

「深い理解能力・脳力」があり、「知識」に限らぬ「知性」に満たされた「意識」とともに、「素直で純粋な(澄んだ)真実の心」による「れいせい」な躍動する「いきる」「いかす」「こころ」「しぜん」。


5歳であっても深い理解能力・脳力がある「成熟した心」の持ち主である、心ある「ひと」もこの国に存在している「しぜん」。

60歳であっても深い理解能力・脳力のない「未成熟な心」の持ち主である、心無い「人間」もこの国に存在している「しぜん」。


「成熟」とは、

「老い」や「老化」、「古びること」や「朽ちること」ではない。


「成熟した心」には、

常に「しんか」する「すんだ」「こころ」が宿っている「しぜん」。



「成熟」とは、「老い」や「老化」、「古びること」や「朽ちること」ではない。


「成熟」とは、

「深い理解能力・脳力」があり、

「知識」に限らぬ「知性」に満たされた「意識」とともに、

「素直で純粋な(澄んだ)真実の心」による「れいせい」な躍動する「いきる」「いかす」「こころ」「しぜん」。




成熟した「こころ」をもつ国民が集う「日本」のために、


「しんのわ」。




「しんのわ」とは、

「しんの(真の/新の/進の/深の/清の/親の/信の/心の/神の)」

「わ」。


そして

「しんの」

「わ/和/輪/環/話/我/吾/倭(日本)」。




「わ」。



「わ/和/輪/環/話/我/吾/倭(日本)」。




「しんのわ」。







「和」とは、

「ハーモニー」とは異なる。
(【補足】「ハーモニー(harmony)」=調和、一致、合一。)



「和」とは、

「ハーモニー」のみならず、

「ディスハーモニー」をも、含んでいる。
【補足】「ディスハーモニー(disharmony)」=不協和音、不調和。


「ハーモニー」には、「ディスハーモニー」は含まれない。


しかし、

「和」は、

「ディスハーモニー(disharmony;不協和音、不調和)」をも、含んでいるのだ。




「和」とは、

皆が「おなじ」ことではないし、

皆が「おなじ」ことを成すことでもない。



「和」とは、

皆が「等しい」ことでもないし、

皆が「そろっている」ことでもない。



「和」とは、

皆「異なっている」ことも「しぜん」。

皆それぞれが、

それぞれに「すばらしい」存在である「しぜん」。




「和」とは、

「ハーモニー(harmony;調和、一致、合一)」とは異なる。




「和」とは、

「雅楽の調べ」の如く、

「ハーモニー」をも、含みながら、

「ディスハーモニー(不協和音、不調和)」をも、含み、

それでいて、「ぜん(全/善/然/禅)」として、

「しぜん」と「美しい」存在となっている。



「和」は、

「ディスハーモニー(disharmony;不協和音、不調和)」をも、含んでいるのだ。



「しんのわ」。



それぞれの人や楽器や要素等、

「ひとり」「ひとり」、

「ひとつ」「ひとつ」が、

「しんえん」により集い、

「しんのおもいやりあい」で繋がり、

「しんのきづな」で結ばれて、

それぞれの「さいぜん(最善)」を

「いかし」あい、

「ひびき」あい、

「かなで」あう。




それぞれの「足りない」存在は、

補いあい、

「ささえ」あう。



それぞれの「余計」な存在は、

抑えあい、

「ながし」あう。




「出過ぎる」存在をも「いかし」、

「出ない」存在をも、


「いかす」。




「ある」実態をも「いかし」、

「ない」実態をも、


「いかす」。





「和」とは、

「このよこころ」の、

「さいぜん(最善)」な、

「しぜん(自然/至全/至善/至禅/自禅)」の、

「ひびきあい」、

「かなであい」。




「和」とは、


「不協和音、不調和」をも含む、

「このよこころ」の、

「さいぜん」な、

「しぜん」の、

「ひびきあい」、

「かなであい」なのだ。




「しんのわ」。




成熟した「こころ」をもつ国民が集う「日本」のために、



「しんのわ」。




わたし」は、「いま」できる「このよこころ」の「さいぜん」を成し、

「わたし」は、「すべて」に感謝します。


みなでひとつ。みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。


ありがとうございます。

「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。


すべてに、ありがとう。全感謝。
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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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