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「亀」と「セミ」と「想い出」と。。。

「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。
2012年8月19日。


一昨日、『2012年8月17日(金)「夏休み」の「ひかりたち」;早朝亀戸天神、徒歩帰宅お江戸散歩。』を記し終わった後、

ずっと心にひっかかっていたフレーズがあった。


。。。「ごめんね。。餌は持っていないんだよぉ(苦笑)。。」

と、亀たちに心を投げかけ。。


。。。


餌をほしがって集まってきているのに、

「なぜ、餌をあげなかったのだろう。。」

と、何度も何度も、

心にひっかかっていた。。


。。。。

一昨日、亀戸天神には、

この夏、精一杯、「いのち」を全うした

「セミの死骸」が所々に横たわっていた。。



子すずめ達が、

嬉しそうに、おいしそうに、

「セミ、まるごと一匹」を、

元気よく、満足そうに

ついばんでいた。。


。。。。。


今、考えてみれば、

「セミ」を亀にあげることもできたはずだ。。。

。。。。

しかし「わたし」は、

「セミ」を「亀」にあげることは、

しなかった。。。

。。。。。


「子すずめ」達も、

あんなにおいしそうに、

嬉しそうについばんでいた

「セミ」を、

「わたし」は

お腹を空かせて集まってきた「亀」達に、

あげることは

しなかった。。。

。。。。

「亀」達は、

餌をほしがって集まってきているのに、

「セミ」をあげることもできたはずなのに、

「なぜ、セミを、亀達にあげなかったのだろう。。」

と、なんだか「亀」達に申し訳なく、

ずっと心にひっかかっていた。。


。。。。

昨夜、寝床につき、

いつものように「就寝前の全感謝」をしているとき、

「仮に、あのとき、『わたし』が、

亀達に「セミ」をあげていたら。。。」と、

感じて/観じてみた。。。




。。。





すると、出てきた「ヴィジョン(想像シーン)」は、



お腹を空かせて集まってきた池の亀達は、

投げ込まれた「セミ」を、

すぐに餌だと思い、

勢いよく「セミ」をほおばる。。。

一口、二口、

「セミ」を、ほおばる。。。

。。。。

しかし、その後すぐに、

亀達は、突然、

もがき苦しみ出す。。。

。。。

餌を食べて喜ぶはずの亀達は、

「セミ」を口にして、

もがき苦しみ出す。。。

。。。。



。。。。



「セミ」を食べた「亀」達は、

一瞬の喜びは、つかの間、

すぐに「苦しみ」だす。。




。。。。






出てきた「ヴィジョン」をよぉぉぉぉく観て、

感じて/観じてみると、

「セミ」の身体(特に脚等)には、

「小さなトゲ」がたくさんある。

「亀の口」は、

「すずめの口(くちばし)」と異なり、

特に「亀の舌」は、

まるで「スポンジ」のように柔らか。。。

「セミの脚の小さなトゲ」が、

「亀のスポンジのように柔らかな舌や口の中」に

突き刺さり、

その「トゲが刺さった強烈な痛み」のために、

「亀」達は、もがき苦しんでいることが感じ/観じられた。。。


。。。。


だから、「あの時」、

「亀」達が、お腹を空かせて集まってきたからといって、

「セミ」をあげなくて、

そのほうが、

よかったのだ。。

と、「こたえ」を感じる/観じることができた。





。。。。




そして、「幼少時代にペットとして飼っていた亀の想い出」も感じ/観じられ、

その「ペットの亀」が、

優しく、「わたし」に、

微笑んでいた。。。



。。。。



「わたし」は、幼少時代、

ペットとして飼っていた「亀」を、

「乳母車」に乗せて、

近所を「お散歩」するのが好きだった。。


本当は、犬のように「首輪とロープ」をつけて、

「犬のお散歩」を気取りたかったのだが、

「亀」は犬のように速く歩いてくれない。。。



だから仕方なく、「わたし」は、

ペットの「亀」を乳母車に乗せて、

近所を「お散歩」していた。。。



。。。。



とても、楽しかった。


。。。。

「亀」は、近くの公園にさしかかると、

普段、見慣れない景色(波動・雰囲気)がわかるのか、

乳母車から一生懸命、

首を長くして、

外の景色を眺めようとした。


。。。


「わたし」は、

幼心に、

そんな「亀の小さな努力」が、

とても

「ほほえましく」、

そして、

とても

「いじらしく」、


「愛おしく」。。。


「亀」を乳母車に乗せて、

一緒に近所を

お散歩した。。。



。。。。




昨夜、

そんな懐かしい「幼少時代の自分」に、また、

巡り会い、

「わたし」は、いつのまにか

寝入った。。。



。。。。




今朝、目覚めると、

「亀とセミの、こたえ」と、

「幼少時代の自分に巡り会う懐かしい、想い出」が、



「こころ」の中で、



輝いていた。


。。。。。



ありがとう。






みなでひとつ。みなでしあわせ。


しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。



「わたし」は、「すべて」に感謝します。


ありがとうございます。

「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。


すべてに、ありがとう。全感謝。
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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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