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「差別偏見意識」。

「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。


-----Original Message----- (以下、一部誤字脱字補足追加等変更済み)
From: まがたまぱじゃま。
Sent: Tuesday, July 24, 2012 9:11 AM
To: あなた様。
Subject: <簡易報告>「サングラス着用」+「白杖使用」通勤。

あなた様、
皆様、
ありがとうございます。

昨日帰宅時および今朝通勤時、「サングラス着用」+「白杖使用」通勤をさせていただきました。

◆効果覿面でした。

昨日の正直な気持ちは「最初は気恥ずかしい感じ」でしたが、慣れれば「サングラス」のお陰で「周りの人々の目や周りの刺激(光景からの刺激等)」がとても軽減され、未着用時よりも格段に「精神安定」できることがわかりました。
(「精神安定」できるため、本日「足に他人様(ひとさま)のカバンがぶつかった(接触した)」のですが、全く衝撃を感じませんでした。「他人様(ひとさま)がぶつかっても大丈夫。」という「自信」さえ芽生え始めたようです。)

さらに昨日帰宅時には、前方から歩いてくる人々が「白杖だけ」の時よりも「わたし」に対して「さらにご留意」くださり、より一層安全に歩行できることを実感しました。


取り急ぎ「サングラス着用+白杖使用通勤初日」の「簡易報告」として。

みなさまの「おこころ」に感謝し、日々、つとめさせていただいております。

ありがとうございます。
まがたまぱじゃま。




-----Original Message-----
From: まがたまぱじゃま。
Sent: Thursday, July 26, 2012 1:21 PM
To: あなた様。
Subject: RE: <簡易報告>「サングラス着用」+「白杖使用」通勤。

あなた様、皆様、
ありがとうございます。

本日も比較的「精神安定」して通勤することができました。
(学生たちが「夏休み」で電車内が空いていることもあり、比較的スペースが確保できてありがたいです。)

「サングラス」のご紹介、ありがとうございます。

目の健康の為にも「レンズ部」の品質は重要ですね。

「色」に関しても参考情報ありがとうございます。


ところで、サングラス着用以前は、通勤道中は「笑顔」でした。。

それはもちろん「日々、(心の中で)溜池山王界隈の日枝神社と氷川神社に詣でる」喜びと「現就労企業でおつとめできる幸せと感謝」等によるものですが、「わたし」の「ブログ」のトップページにも明記してありますが、精神的に「逆」の時(=「つらいとき」等にも)鬱病に陥らないように、敢えて努めて「笑顔を保つ」こともあります。

これまで振り返ってみて、時には「通勤時や電車内の恐怖」が精神的な「強烈なつらさ」であり、それをも(ある意味)「無理して笑顔」に努めていたので、その「心理的な影響」も「精神不安定」を悪化させていたのかもしれません。

。。。しかし、(サングラスをかける前は)「笑顔を努めなければ」、日々「通勤道中の発作が生じる恐怖による苦悩の表情」となり、それは「現就労企業就職前」と同じような状況であり、いつも「しかめっつら」「つらそうな表情」「沈んだ暗い表情」になってしまっていたと思います。

まがたまぱじゃま。の場合には、大多数の「発達障がいの方々」と異なり、「心の中が比較的容易に表情に出てしまう」傾向が強いです。

その観点からも「苦悩の通勤時、電車内等」で、これまでは「混雑した電車内の(不安定な社会情勢を反映した「苛つき」や「不平不満」「苦悩に満ちたストレス」等の)波動・雰囲気」が苦痛であり、さらに他人様(ひとさま)が無頓着にぶつかってくる「恐怖」にめげないように「無理して笑顔を努めていた」日も多々ありました。
(もちろん、「通勤が安全にスムーズにできた日」は、「心の底から、幸せの笑顔」でした。)

そして今週、「サングラス」をかけてみて、周囲の「環境刺激」が弱められ、「丁度そのバランスがとれた」ような「精神安定」の感覚が実感されます。

「無理に笑顔を努める」必要も無く、同時に、「苦悩の表情が出てしまう」ことも無く。。。

その観点からも「サングラスのお陰」で、「冷静な心理状態」で通勤できることがわかりました。
もちろん「心の中」では、皆様への感謝と「現就労企業でおつとめができること」の幸せを感じて、感謝の心で通勤させていただいております。

「サングラスのお陰」で「(心の中は感謝と幸せ等に満たされ)冷静な心理状態」で通勤できます。

。。逆に、「発達障がい」のためか、これまで、なぜ周りの方々はあんなに「無表情」でいられるのか、まったくわかりませんでした(苦笑)。。。
(。。。{現就労企業就労以前}いつもまがたまぱじゃま。は「苦悩の表情」だったからです。)


いずれにせよ、皆様のお陰でこうして「さらに安全に通勤できる方法」が見つかりましたので、とても嬉しくありがたく感謝しています。

大多数の方々とは「異なった感覚」のために、「いろいろ」とご迷惑などおかけして恐縮だと思いながら、しかし「その異なった感覚」が、何かこの世のお役にますます立てる日がまいります。

ありがとうございます。
まがたまぱじゃま。


【追伸】
(新たな課題。。。というか「疑問」というか。。)
。。。昨日、通勤時に目の前に「体表色素沈着行為印」をした私服のサラリーマン(と思しき)方が歩いていらっしゃいました。。
そして、「なぜ、体表色素沈着行為印に対して、今現在の社会で、差別偏見を受けてしまうのだろうか。。?」と感じ/観じ、体表色素沈着行為印が善い悪いという観点ではなく、そのように『体表色素沈着行為印のことを差別しようとする方々の意識(考え)』を知りたくなりました。。
まがたまぱじゃま。は一切体表色素沈着行為印等は肉体には施していませんが、最近「差別意識的な観点」がまた、日本社会にはびこり始めてしまったようで、とても悲しい感じ/観じが強まっています。。
「あらたな課題」として、また心に感じ/観じ始めています。。
「差別偏見」等が無い、「みなでしあわせ」の社会が、この素晴らしい国、日本に実現しますように。。
そのためには、「体表色素沈着行為印」に対して「差別意識」を持つ方々の「意識」を知りたいですし、逆に「体表色素沈着行為印を肉体に入れる方々の意識」も知り、「相互理解」できたら幸いと感じ/観じました。。。)
(。。。「江戸時代」であれば、「罪の印」として腕に「一本」「にほん」。。と、体表色素沈着行為印を入れたことは伺っております。。)
◆「いま」は、「差別するその意識」こそが、「心の罪」であり、(もし「体表色素沈着行為印」を咎めるような現代社会であるのならば)その「差別意識自体」が「心に、色素沈着行為印を施すようなもの」だと、感じて/観じています。。)

ありがとうございます。




-----Original Message-----
From: まがたまぱじゃま。
Sent: Thursday, July 26, 2012 2:36 PM
To: あなた様、皆様
Subject: RE: <簡易報告>「サングラス着用」+「白杖使用」通勤。
Importance: Low

。。。あなた様。。

ごめんなさい。。どうしても(江戸時代から?)「心に『叫び』のような苦悩」が伝わってきてしまい。。

。。「江戸時代、かなりの多くの方々」が、「真実ではない罪」を負い、「罪人」とされ、体表色素沈着行為印を強制的に、体表に入れられた可能性。。。

そして、その後「その冤罪により入れられた体表色素沈着行為印」により、その「冤罪の体表色素沈着行為印」を見た心無い人間たちの「差別意識」によって、その方々の「人生」が「苦悩に満ちた人生」となった可能性。。。

。。。伝わってまいります。。。

ごめんなさい。。。。

。。。だから、「たとえ体表色素沈着行為印」が肉体にあったとしても、「そのことに対する差別偏見」こそが、「心の、色素沈着行為印」なんだと、強く強く感じる/観じる理由です。。。

「差別偏見の心」。。それこそが、「罪」なのです。。。

。。またおかしな追伸。。ごめんなさい。。

しかし、(「差別偏見意識」等により「3.11のつぎ」が「めぐりかえりあらわれ」ないためにも)どうしてもどうしてもおつたえさせていただく必要があると強く感じ/観じました。。

ごめんなさい。。。。

ありがとうございます。
まがたまぱじゃま。





-----Original Message-----
From: まがたまぱじゃま。
Sent: Tuesday, July 31, 2012 9:52 AM
To: あなた様、皆様、
Subject: RE: <簡易報告>「サングラス着用」+「白杖使用」通勤。
Importance: Low


あなた様、
皆様、
ありがとうございます。

(。。。また、まがたまぱじゃま。の「スピリチュアル的観点を含んだメール」をお送りしてしまい申し訳ございませんでした。
。。しかし「江戸時代の冤罪の体表色素沈着行為印の苦悩」が突然感じられてしまい(苦笑)。。
。。まがたまぱじゃま。の意識が突然「江戸時代に飛んでいた(?)」かもしれません(苦笑)。。
大変失礼しました。。)

素朴な疑問(「体表色素沈着行為印に対して差別する意識はどのようなものか?」)にご回答くださり感謝しています。

あなた様のメールにより、あらためて「年代ごとの意識の多大な違い(差異)」を再認識させていただきました。
ことに「体表色素沈着行為印・体表色素沈着行為印英語表現」に関しては、とても「センシティブ・マター(=取り扱い注意的な話題)」であり、それは特に「年代ごとの意識」はとても大きく異なるという点を強く認識いたしました。

(。。。以下、決して「あなた様のメール自体に対する何らかの考え」ではなく、この日本社会に未だ巣くってしまっている未成熟な「差別偏見意識に対する考え」に関してであることをご理解いただけたら幸いです。すみません。
ありがとうございます。)


まがたまぱじゃま。は「ピアス」も「体表色素沈着行為印・体表色素沈着行為印英語表現」等も肉体には施していませんが、「体表色素沈着行為印・体表色素沈着行為印英語表現」等はある意味、「女性が化粧をする意識」にも通じるものだと理解しています。
(「化粧」と「体表色素沈着行為印・体表色素沈着行為印英語表現」等との「違い」は多々ありますが、「根源」はとても似ているものだと感じて/観じております。)

日本社会において「女性の化粧」に対しては全く「差別偏見」はございません。
それは「大多数の方々に認識された意識」だからです。

しかし未だ「体表色素沈着行為印・体表色素沈着行為印英語表現」に対する「差別偏見」が残留しており、いち早くその「差別偏見意識」がこの世から浄化されることを願って止みません。。
(「体表色素沈着行為印・体表色素沈着行為印英語表現」等が悪いという観点ではなく、(前のメールにも記したように)「未理解」「誤解」「差別偏見の意識」こそが「多くの様々な悪しき事情を生み出す根源」であることを、一人でも多くの方々がきづいてくださることを願って止みません。。)

如何なる「歴史」や「個人的な過去の経験・体験」があるにせよ、「物事に対する差別偏見は、多様な悪しき事情をこの世に生じる」という「原理原則」「根源法則」等を、その「未成熟な意識」の成熟過程により、いずれ「しかるべきとき」に「自らの差別偏見意識等のめぐりかえりあらわれ」の様々な「悪しき事情」等を通じて、「自らの人生」できづくと強く感じて/観じています。
(【ご留意】「差別偏見意識」と「放射能」等により、すぐに「癌」等になる。。とか。。)
(【厳重留意】上記の表現は「放射能に対する過剰警戒」を意図するものではございません。上記の表現は、通常であれば「3.11で放出された放射能」では発癌しない状態であっても、「差別偏見意識」等のある心無い人間は、その精神偏向のため、人体ホメオスタシスがアンバランスとなり、その「悪しき心」に起因する「サイコ・ソマティック的」影響により免疫機能も低下し、ホルモンバランスも崩れ、心ある「ひと」に比べて「差別偏見意識」等を抱く心無い人間達はすぐに「癌」に成る可能性を示唆しております。また逆に「癌」に成ったからといって決して「心無い人間である」ということでもございません。「癌」は「やみ(病/闇)」の一つですが、「ふかいまなび」であり、とても「しぜん」なことです。「悪しき誤解」なきよう。。ありがとうございます。)


20年以上前頃に、「ピアス」に対する「差別や偏見」がこの国に巣くってしまっておりました。
10年頃前では、夏場の「女性のパンプス」に対しても同様でした。

また、「ちょんまげを切断した男性」に対する、社会的な「差別偏見が強烈」だった時もあるようです。。

しかし「いま」では、その未成熟な「差別偏見意識」は浄化されています。
ありがとうございます。

また、上に挙げた「女性の化粧」に関しても、「深い理解」から判断すれば、類似事項です。
ただ「化粧」に対しては「差別偏見の意識」が「体表色素沈着行為印・体表色素沈着行為印英語表現」「ピアス」等に比べ、単に「より多くの方々が受容している」にすぎません。

「女性の化粧」に、「強い嫌悪感を抱く方々」も、実は存在しており、しかしその「数」が「マイノリティー(少数派)」なので、様々な利害判断や精神的な抑圧力のために、ただ「声を挙げない」「声を挙げられない」だけである可能性もあるのです。


その他、残念ながら「この世」には未だ「様々な差別偏見」が残留しています。


◆人類の「精神・意識」が成長、成熟するにつれ、それらの社会的及び個人的な「差別偏見等は克服される」ことは明白です。

(その「精神・意識の成長・成熟過程」から判断すると、「差別偏見意識」等は「未成熟意識である」ことに、いずれ人びとはきづきます。(これは「断言」「明言」できます。

◆「成長・成熟した意識(心)の持ち主は、決して差別偏見はしない。」この「原理原則」「意識根源の状態」は、「かくしん」されたものです。)


◆「3.11以降」の「共生の社会」では、「差別偏見」が最も「諸悪の根源となる」ことを、これからますます多くの方々がきづきはじめます。



逆に、「3.11以前」のような「弱肉強食の野獣意識自滅社会」では、「差別偏見」が最も「さりげなく」かつ「多大な力」を発揮しました。(「多大な力を発揮する」と「錯覚」されておりました。)
しかしその「挙句の果て」「結末」は「あのありさま」が立証いたしました。

日本社会は、「あのありさま」をもう一度引き起こす「差別偏見意識」を続けるのか、それとも、一人でも多くの方々が「差別偏見のめぐりかえりあらわれの恐ろしさ」にきづき、「差別偏見ではなく、理解」が「愛」であり永続する「共生の社会」を実現させるとても重要な「意識」「心」なのだと、きづくか、これからの日本がとてもとても楽しみです。

大切なこの「日本」という国の「明日」は、私たち、一人ひとりの「こころせんたくしだい」。

とても「しぜん」なことだと、「わたし」は「すべて」に感謝いたします。


ありがとうございます。
まがたまぱじゃま。




-----Original Message-----
From: またがまぱじゃま。.
Sent: Tuesday, July 31, 2012 11:43 PM
To: あなた様、皆様
Subject: RE: <簡易報告>「サングラス着用」+「白杖使用」通勤。
Importance: Low


あなた様、
皆様、
ありがとうございます。

◆あなた様、
「考えるきっかけ」をご提示下さり、ありがとうございます。
とても共感します。「人柄」はとても大切な要素ですね。
また、そのことを「きっかけ」として、「考えること」や以下のような「考えを表明することができる機会」はとても大切でありがたいです。
ありがとうございます。

そして、以下の内容は、また(相変わらず(苦笑))「長文気味」になってしまい、あなた様御一人宛てで、皆様は「CC」ではなんだかあなた様に対して何かを訴えているような「錯覚」に、自分自身も陥ってしまう不安を感じ/観じましたので、敢えて「皆様宛」とさせていただきます。



◆皆様、
以下に、まがたまぱじゃま。の「考え」をこうしてシェアさせて頂くことができること自体がとても嬉しく、ありがたいことだと感謝しています。

ありがとうございます。


<考え要点>
【1】未成熟な「好き/嫌い」の二極意識が(これまでの社会において)「発達障がい者(と思しき人々)」を排除し「自殺」に追い込んでいたことにきづく。

【2】「差別偏見意識」と「好き/嫌い;二極意識」は、極似している。

【3】成熟した国民は「差別偏見意識」や「好き/嫌い;二極意識」は少なく、「理解能力・脳力」がある。

【4】成熟した国民は「深い理解能力・脳力」があり、「ひと」と「事情」を分けて思考することができる。
(「悪」に陥ってしまった方々に対しても、「ひと」は責めず、「事情」は改善される必要がある。)



<考え詳細>
【1】未成熟な「好き/嫌い」の二極意識が(これまでの社会において)「発達障がい者(と思しき人々)」を排除し「自殺」に追い込んでいたことにきづく。
1)先のあなた様からのメールを読んでいる最中、これまで「社会に嫌われて(=発達障がい者のある「特異性の側面の一端」だけをあげつらわれ、「人柄が悪い」と一方的に他人から判断され)」、排除され、無念の死(自殺)をした、膨大な発達障がい者達の「悲しい念」が届きました。
(その中には、自分自身でも「発達障がい」だとは自覚できておらず、しかし「社会から嫌われ、排除され、自殺した人々」が多数いらっしゃいます。。)
(そして、このメールは、その「理解されずに、社会に排除され、無念の死を遂げた方々の『おちから』すら感じ/観じ、こうして記させていただいております。
逆に、まがたまぱじゃま。は、精神・意識が未成長で理解能力・脳力が乏しく「真実」による判断ができないために、悪意により歪曲された「うわさ話」等を信じてしまうような「差別偏見意識」をもった心無い人間達により、「自殺する寸前の排除」をも「まなび」としてこの人生で経験させて頂きましたので、「無念の死を遂げた人々」に代わり、こうして表明しなければならないとすら、強く感じ/観じられております。
「かこすべてまなび」です。
「わたし」は如何なる過去「すべて」にも感謝しています。
ありがとうございます。

この国は毎年「3万人もの自殺」という「殺人」を犯しています
毎年あの「3.11」を(顕現形態等は異なりますが)「繰り返して」いることをきづいている人々は残念ながら少数です。。
。。この悲しい現実に対する「深い理解」をする能力・脳力が乏しいためか、毎年同じ悲しい結果を繰り返しています。
この国のとても悲しい「ありさま」です。。。)


2)(あなた様からのメールに示唆されている)「人柄がいい」か「人柄が悪いか」という観点の「根源」は、「好き」か「嫌いか」という観点にとても類似しており、またとても容易に結びつきやすい、主観的な観点です。

3)◆明言できることは、「成熟した国民」は「人柄」や「好き嫌い」だけで物事を判断しない。ということです。
◆逆に、未成熟な意識の国民は、「人柄」や「好き嫌い」等で物事を判断する傾向が強いです。
(【ご留意】決して「未成熟な国民は悪い」とか「物事や事象を好き・嫌いで判断することが悪い」という意図ではありません。意識が成熟するに連れ、「人柄」や「嗜好」だけで物事を判断する傾向は弱まり、「考え」に基づき、物事を判断する能力・脳力が「しぜん」と高まります。)

(【ご留意】「悪しき誤解」無きよう。。「好き・嫌い」「人柄を尊重する」等、それらの心・意識も「ひと」としてとても重要で大切です。「わたし」は決してそれらの大切な「心・意識」を批判・非難しているのではないことを再度、明言いたします。ご理解いただけたら幸いです。ありがとうございます。)

4)そして、未成熟な意識の国民は、思考能力・脳力が乏しく「人柄」や「好き嫌い」等で物事や他人を判断することが多いので、成熟した意識の国民に比べ、「価値基準が貧弱」である傾向があります。

5)「価値基準が貧弱」とは、「価値基準が少ない」ということです。

6)「価値基準が少ない」ので、その「少ない価値基準に適さない存在」を「人柄が悪い」とか「嫌い」とかいう表層的な何らかの「ネガティブな理由」により、排除します。

{2012年8月4日追記}
広大な地球の、ほんのわずかな範囲だけに限られた形骸化した社会意識の呪縛である「常識」や「形式」等に囚われてしまい、その偏狭意識に陥っていることすら本人もきづくことができず、何らかの事情により「常識」や「形式」から逸脱せざるを得ない「事象・物事・行為」等に対して、「違いは悪」という安易で軽率な心理反応により、「差別偏見」等を仕向ける。
上記は、決して「常識や形式に対する批判・非難」をしているのではありません。「常識」や「形式」等も、とても大切な観点・意識です。上記は、「何らかの事情により常識や形式から逸脱せざるを得ない事象・物事・行為等に対する、理解能力・脳力を欠いた未理解や誤解等による、差別偏見のその意識」自体が、「精神の成熟」により改善・浄化されることはとても「しぜん」である旨を示唆させて頂いております。
「悪しき誤解」等無きよう、ご理解いただけましたら幸いに存じます。
ありがとうございます。
{追記ここまで}

7)「3.11以降」ようやく、日本国民もそのことにきづき始めたのか、「社会の意識の多様性」をも理解する脳力がとても高まってきているように感じ/観じられ、素晴らしいことだと感謝しています。
つまり、「3.11以前」は、「人柄」や「好き嫌い」のような浅はかな表面的な判断基準で物事や他人を判断(差別)し、その「浅はかな貧弱な判断基準」に沿わない存在を排除しようとしました。
しかし、「3.11」により、日本国民は「絆」というとても大切な「ひととしての心」を取り戻し、「絆の力」により、自分が持ち合わせていないような「価値基準の人々」をも受け入れ、理解しようと努め、「心の絆でつながろう」としていることが感じ/観じられ、感謝しています。

8)「3.11以前」の今まで以上に未成熟な意識の国民により、どれほど多くの「発達障がい(と思しき人々)」が、その「貧弱な判断基準に適合せず」、「発達障がいの特異性の一端」だけをあげつらわれ、「人柄が悪い」とか「嫌い」等という軽率な理由により、差別され排除され、そして「自殺に追い込まれた」ことか。。。


9)「3.11以前の未成熟な国民意識」の「めぐりかえりあらわれ」としても、「あのありさま」が顕現した可能性。


10)逆に「3.11」は、未成熟な国民意識を、「深い理解能力・脳力の成長のきっかけ」として、「めぐりかえりあらわれた」可能性。



【2】「差別偏見意識」と「好き/嫌い;二極意識」は、極似している。
1)先のあなた様からのメールに記されている事例にしても、結局は「好き/嫌い;嗜好」という判断基準が多大に影響している「人柄」に因っている。

2)未成熟な国民は、「嫌い」であれば、どんなに「人柄がよさそうな方」を見ても、結局「人柄は良さそうだけど、XXX(←「XXX」の箇所には何らかの「ネガティブな観点理由」)。」というように、「ネガティブな点(嫌いな点)」を探しだし排除する傾向が強い。

3)上記の観点は、「差別偏見」に繋がる。

4)「差別偏見」のさらなる「奥深い理由」は、未成熟で浅はかな「好き嫌い」「受け入れられる/受け入れられない」「理解できる/理解できない」等 の「二極意識」により創出される。

5)従って「差別偏見意識」は「好き/嫌い」のような「二極意識」に極似しており、逆に「好き/嫌い」のような未成熟な「二極意識」が「差別偏見」を社会に生じさせる。

6)「二極意識」には、「愛」が無い。

7)「愛」とは、「ありのままをひとまず認める(ひとまず許す、ひとまず受け入れる)」心。
(「中庸の心」という観点も可能。)



【3】成熟した国民は「差別偏見意識」や「好き/嫌い;二極意識」は少なく、「理解能力・脳力」がある。
1)「成熟した国民意識」と「未成熟な国民意識」がどのようなものであるかを自覚するための方法として、以下の「会話例」が挙げられる。

2){未成熟な意識のAさんとBさん二人の会話例}
A;ねぇBさん、Bさんは「リンゴ」好き?
B;好きじゃない。。。
A;えぇぇ、Bさんはリンゴ嫌いなんだ。。。普通みんなリンゴ好きだぜ。。変な奴。。。

3){成熟した意識のAさんとBさん二人の会話例}
A;ねぇBさん、Bさんは「リンゴ」好き?
B;好きじゃない。。
A;そっか。。。「好きじゃない」んだ。。。でも「嫌いじゃない」よね。。
B;うん。。リンゴは嫌いじゃないよ。。でも、好きでもない。。
A;なるほどね。。

4)未成熟な意識では、「好きではない」=「嫌い」というように、「二極判断」をして、さらに最後に「変な奴」と、「差別意識」をも相手に仕向けている。

5)一方、成熟した意識では、「好きではない」ことは単に「好きではない」だけであり、決して「嫌い」という訳でもないことを「理解」している。つまり「好きでも嫌いでもない」という「中間的な意識」がある。

6)「中間的な意識」は、ある意味「愛の意識」でもある。
つまり「善悪」や「好き嫌い」などのような「二極判断」はせず、「存在そのまま」をひとまず「受け入れ」「理解する」という意識。

7)そしてそれは「未成熟な意識」に比べ、明らかに「判断基準が多い」ということになる。

8)このような「成熟意識の国民社会」では、「判断基準」が多くなり、それは「価値基準も多くなる」ことに繋がり、「多様性の社会」が実現すると同時に、「多様性の社会」は、まさに「共生の社会」と成る。

9)果たして、「3.11」以前の日本の社会意識は、「判断基準」「価値基準」が多い、「成熟した社会意識」だっただろうか。。??
逆に、「3.11」以降、日本社会に、ますます「多様な価値基準」や「成熟した意識の国民」が増え、「共生社会」が実現する時が近づいていると感じ/観じ、感謝しています。
ありがとうございます。



【4】成熟した国民は「深い理解能力・脳力」があり、「ひと」と「事情」を分けて思考することができる。
(「悪」に陥ってしまった方々に対しても、「ひと」は責めず、「事情」は改善される必要がある。)
1)上記の一連の内容等からも明白であるように、「成熟した国民意識」は軽率で表層的な「浅はかな価値基準」で物事や人物を判断するのではなく、「深い理解能力・脳力」がある。

2)「深い理解能力・脳力」が国民に拡がると、「ひと」と「事情」とは明確に分離され扱われるようになる。

3)成熟した意識の国民の社会では、「ひと」は如何なる事情、如何なる状況においても、人権としても「愛され理解される存在」である。

4)従って、「成熟した国民社会」では、「罪人」も「愛され理解される」存在となる。

5)逆に「未成熟な意識の国民社会」では、「ひと」と「事情」とを分離して理解するような「深い理解能力・脳力」が乏しいため、「ひと」と「事情」とが混同されて扱われる。

6)未成熟な意識の国民社会では、「ひと」と「事情」とが分離されず混同されて「一括して扱われる」ために、「悪しき事情の一端」が、その「ひと」の人格、人柄と直結してしまい、「悪しき事情の一端」=「悪しき人間」という短絡的な浅はかで軽率な判断となってしまう。

7)従って、「罪人」に関しても「悪事」がそのまま「その人自身」に直結してしまい、「罪人」=「悪人」という「差別的な意識」に結びつきやすく、それは社会の「意識の成熟」を妨げる要因となっている。

8)その最悪の例は、「罪人を排除することにより、社会の悪が無くなる」という「錯覚」に、社会全体が陥っていることにすら、気づかない「悲しい3.11以前の日本社会」のような現実として顕現する。

9)「3.11以前」の未成熟な意識の日本社会では、「罪人」=「悪」という軽率な理解に留まってしまい「ひと」と「罪」を分離して扱う「深い理解の意識」ではなかったため、「罪人・悪人を排除」するような短絡的な対処で留まってしまっていた。

10)しかし、「ひと」と「悪しき事情;罪」を分離して扱う「深い理解」ができる「成熟した意識の国家」では、責められたり改善を要求されたりするのはあくまでも「事情」であり、その「ひと」ではない。

11)つまり、「悪」や「罪」に陥ってしまった「人間」に対して、「その人間を排除する」のではなく「なぜそのような悪しき事情に陥ってしまったか」を徹底糾明し、その「原因」や「二次的な間接原因」をも明確にして、「今後同様の悪しき事情が社会に生じないような対策を見つけ出す」ことを「最優先目標」とすることに、きづく。
(逆に「未成熟な社会」では、「罪人を排除すること」が最優先目標とされてしまい、「悪しき事情」の中から「改善策を見つける」という「まなびをいかす」という意識が欠落してしまっている。
そのような「未成熟な社会意識」では、同様の「悪事」が社会に顕在化し、残念ながら、同じ悪事が何度も何度も顕現するというパターンに陥っていることにすらきづこうとしない(きづく能力・脳力が乏しい)社会である。)

12)「3.11以降」の「成熟した意識の国民」の社会では、「罪人・悪人を排除することが目的」とはならず、「罪人」「悪人」等「悪しき事情」に対する、「深い理解」がますます重要になり、「社会の改善」へと結びつくことが「最優先課題」とされる。



以上のように「深い理解の能力・脳力のある成熟した国民が集う国」であれば、「人柄」や「好き嫌い」のような「軽率で表層的な価値判断」に囚われず、「深い理解」により、「差別偏見」も無くなると同時に、成熟した意識の国民は、「差別偏見」などしないどころか「その成熟した意識が差別偏見などできなく」なる。




「心・精神」が成熟するにつれ、「差別偏見等できなくなる」。。。



それは「心・精神」が成熟するにつれ、「しぜん」と「すべて」を『理解』するようになるので、自ずと「差別偏見」等「できなくなる」。。。




それが「しぜん」の「ひとのこころの成長・成熟」というものだと、「わたし」は強く感じて/観じています。


ありがとうございます。
まがたまぱじゃま。





-----Original Message----- 
From: まがたまぱじゃま。.
Sent: Wednesday, August 01, 2012 5:24 AM
To: あなた様、皆様
Subject: RE: <簡易報告>「サングラス着用」+「白杖使用」通勤。


。。。「【追伸】/【補足】」失礼します(苦笑)。。

以下、念のための「【追伸】」と「【補足】」として。
すみません。。

ありがとうございます。


一連のe-mail内では、「未熟」という言葉を使用せず、「未成熟」という言葉を使用させて頂きました。

心無い人間は時に「未熟」という言葉を使用して、暗に他人様(ひとさま)を「見下したり、貶めたり、罵ったり」します。

まがたまぱじゃま。にはそのような意図がございませんので、「未熟」という言葉は使用せず、「未成熟」という言葉を使用させて頂きました。

「未成熟」には「未熟」のような暗に他人様を見下したり揶揄する意味はなく、あくまでも「成熟していない」もしくは「成熟途上である」さらには、「今後成熟する可能性がある(期待を込めて)」というニュアンスです。

従って、「3.11以前のような、差別偏見(の罪)に対して(比較的)無頓着であった未成熟な日本国民」が、これからますます「成熟する」ことをとても楽しみにしているという「成熟した国民が集う日本社会実現への希望」を込め、「未成熟」という言葉を使用させて頂きました。

「成熟した国民が集う日本社会」が実現すれば、「価値基準」や「判断基準」も成熟して「多様」になり「差別偏見」も無くなります。
(。。というより、先のメールに記したように、「成熟した精神意識の人々」は「差別偏見」など「しぜん」と「できなく」なります。)

この日本社会が、「未成熟な意識が集った国」ではなく、さらに「成熟した意識が集った国」となる「ひ」がとてもたのしみです。

「未成熟な国民」か「成熟した国民」かを見極める一つのバロメーターが、その社会に「差別偏見意識」がどれほど(きづかれずとも)存在しているか。。という点でもあります。

「成熟した意識が集った国」は、「精神的にも豊かな国」です。

「しんに豊かな日本社会」「共生の日本社会」が「この世」に実現する「ひ」。。。

その「ひ」は必ず訪れると、心から信じています。

この「一連のメール」は、その「実現」のための「一端」だと、「かくしん」しています。

ありがとうございます。
まがたまぱじゃま。




【ご留意】
「成熟」は、「老化」や「老い」とは異なります。

5歳であっても「成熟した精神意識」の心ある「ひと」は存在します。
一方、60歳であっても「未成熟な精神意識」の心無い人間も存在します。

「成熟」と「老い(老化)」とは明らかに異なります。


「成熟」とは、「深い理解能力・脳力」があり、「知識」に限らぬ「知性」に満たされた「意識」とともに、「素直で純粋な(澄んだ)真実の心」による「れいせい」な躍動する「いきる」「いかす」「こころ」「しぜん」。






「すべて」が「つぎ」につながる「しぜん」。。

「3.11」の

「つぎ」を招くも、

無難に「すむ」も、

「みなのこころせんたくしだい」

とても「じゆう」で「しぜん」です。



「差別偏見意識」等は、

その悪意を発した「本人の人生」により

浄化される「しぜん」。



こうして「考えるチャンス」を与えてくださった「差別偏見意識」等に対しても、感謝しています。


「わたし」は「すべて」に、感謝します。

ありがとうございます。


「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。


すべてに、ありがとう。全感謝。
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Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

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毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

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(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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