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2012年3月3日(土)「桃の節句」;「あやつりのお金」と「そだちのお金」。

「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。


2012年3月3日(土)「桃の節句」。

今朝もいつもの週末のように近所の「神社でのめでぃてーしょん」に行って参りました。

しかし、いつもとは異なり、少々「変則的」な「こえ」言葉の発せられ方でした。


「定則的」な状況では、「めでぃてーしょん」最初の「荒い精神意識」の時に「しんえん(深遠/深淵/神苑/真縁/深縁/心縁/神縁)意識」に届き感じた/観じたことが比較的短く(単発的に)「こえ」として発せられ、

その後「穏やかな精神意識」に移行するのですが、

今朝は「荒い精神意識」の状態の時には「こえ」は発せられず、

「穏やかな精神意識」のさらにその後、

以下の「旨」の「こえ」言葉が比較的長時間に渡り発せられました。

(【2012年3月3日16:50修正補足】
以下の文中内で心ない人間による悪しき誤解や疑念等が生じてしまう懸念もございますので、一部「こころせんたく」を成した「こころ」ある「ひと」だけが読めるようにさせていただきました。ご了承下さい。ありがとうございます。



{旨}

このくにに、
せかいから
あやつりのおかねと
そだちのおかねが
はいってまいります。

(すでにはいりこんでいることでしょう。)

このくには、
あやつりのおかねをせんたくするのですか。
そだちのおかねをせんたくするのですか。

あやつりのおかねをせんたくすれば、
このくにはあやつられます。

(そしてこくみんは、どれいになります。)

そだちのおかねをせんたくすれば、
このくにはそだち、みのり、せかいに(しぜんと)ひろがります。

このくには、
あやつりのおかねと
そだちのおかねと

どちらをせんたくするのですか。

どちらをせんたくしようとも

しぜんです。

せんたくしだいのじんせいが、

めぐりかえりあらわれるだけです。

とてもしぜんなことです。



ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。


そして、その後の「めでぃてーしょん」の最中、以下の内容が強く感じ/観じられました。




既に「あやつりのおかね」や「そだちのおかね」はこの国に入り込んでいることでしょう。

そしてさらにこれから「あやつりのおかね」と「そだちのおかね」がこの国に多量に入り込むことでしょう。

この国の心ない人間が「あやつりのおかね」を選択すれば、
それに「えん」ある心ない人間達は、
心暗闇の中、
本人も気づかず、「どれい」として、
その「あやつりのおかね」に操られることでしょう。

この国の心ある「ひと」が「そだちのおかね」を選択すれば、
それに「えん{しんえん(深遠/深淵/神苑/真縁/深縁/心縁/神縁)}」ある「こころ」ある「ひと」達「わたし」達は、
「このよこころ」「ひかり」により心照らされ、
さらに「しんのじぶん」をきづき、「このよこころ」「しんのひと」と成るべく
その「そだちのおかね」によりさらに「そだつ」ことでしょう。


どちらを「せんたく」するのも、とても「じゆう」で「しぜん」です。


心ない人間達「どれい」達の表面的な幸せにも
「けいい」と「しんあい/真愛/神愛」の心で感謝し、尊重いたします。

「こころ」ある「ひと」達「わたし」達の「しんのしあわせ」にも
「けいい」と「しんあい/真愛/神愛」の心で感謝し、尊重いたします。

皆、それぞれ「じぶんじんせい」です。

心ない人間「どれい」達にも、「どれい」達の表面的な幸せがあります。

「こころ」ある「ひと」「わたし」達にも、「ひと」「わたし」達の「しんのしあわせ」があります。


「こころせんたく」は、とても「じゆう」で「しぜん」です。

どちらを「こころせんたく」するかは、皆、それぞれ「じぶんじんせい」。


どちらを「せんたく」するのも、とても「じゆう」で「しぜん」なことなのです。


心なく「あやつりのおかね」を選択すれば、
表面的な短期的な「幸せ」と錯覚するような
「一時」が「めぐりかえりあらわれ」ることでしょう。

しかし「あやつりのおかね」を選択した心ない「きづかない」人間「どれい」達からは、
「永続する成果」は生じず、
結果的に、様々な「厄介」が、この世にたくさん生じることでしょう。

「厄介」も決して悪ではありません。
(もしくは「あく」としても大丈夫です。
「あくしぜん。」
「あく」は「しぜん(自然/至全/至善/至禅/自禅)」です。
悪も「ぜん(善/全)」に至る「まなび」です。)


排除・排斥・拒絶・否定されるものではありません。

このよこころすべてむだない。」

このよこころすべてまなび。」

とてもとても大切な、「ふかいまなび」です。

とても「しぜん」なことなのです。



「こころ」より「そだちのおかね」を選択すれば、
表面的な「幸せ」だけではなく時には「こんなんしれん(苦労)」と思われるような
「ひととき」が「めぐりかえりあらわれ」ることもあるでしょう。

しかし「そだちのおかね」を選択した「こころ」ある「きづいている」「ひと」「わたし」達からは、
「永続する成果」が「みのり」、
結果的に、「しんのしあわせ」が、「このよこころ」に永きに渡り生じることでしょう。

「こんなんしれん(苦労)」も決して悪ではありません。
(もしくは「あく」としても大丈夫です。
「あくしぜん。」
「あく」は「しぜん(自然/至全/至善/至禅/自禅)」です。
悪も「ぜん(善/全)」に至る「まなび」です。)


排除・排斥・拒絶・否定されるものではありません。

このよこころすべてむだない。」

このよこころすべてまなび。」

とてもとても大切な、「しんのまなび」です。

とても「しぜん」なことなのです。



「あやつりのおかね」を選択するのも、

「そだちのおかね」を選択するのも、

「こころせんたく」は、とても「じゆう」で「しぜん」です。



「みなそれぞれじぶんじんせい」。


「こころせんたくしだい」の人生が、

この国に、「めぐりかえりあらわれる」だけのことなのです。



心ない「きづかない」人間「どれい」達の表面的な幸せも
素晴らしい「ふかいまなび」の人生です。


「こころ」ある「きづいている」「ひと」「わたし」達の「しんのしあわせ」も
素晴らしい「しんのまなび」の人生です。


「みなそれぞれじぶんじんせい」。

「こころせんたくしだい」の人生が、

「めぐりかえりあらわれる」「しぜん」。



「わたし」は、「すべて」に感謝いたします。

ありがとうございます。



<【参照】「お金」に纏わる「しんい」>
2008年12月12日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ねんのるえんおかねこころびんぼうこころかねもち
2008年12月13日(土)の「おつたえ」;このよぜん(ぜに)おかねこころしんにしてすすめ
2009年1月11日(日)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;うまれいでたもとみなまなびのため
2009年2月5日(木)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;このよぜん◎◎めぐりよろこびのわをなす
2009年4月17日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;よろこびのこころひろがる
2009年4月24日(金)10:48にとどきました。;きをつけよこころないふしぜんなぜにめぐりきづけばぬけられる
2009年5月3日(日)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ぜにめぐるかえるよろこび
2009年5月25日(月)9:06にとどきました。;おかねぜにのしんい
2009年5月26日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;これからますますおかねぜによろこびめぐりかえりあらわれる
2009年5月31日(日)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ものかうときぜにおかねつかうでなくいかすこころ
2009年8月31日(月)11:26にとどきました。;しんかするしんのゆたかさ
2009年8月31日(月)14:35にとどきました。;あしきごかいするでないまずしいこころ
2009年9月25日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;がよくのりめぐらんみなでしあわせよろこびのりめぐるかえるあらわれるしんい
2009年10月22日(木)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;まごころこめつとめよろこびぜにめぐるかえるよろこび
2009年11月18日(水)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;じゆうこのよじゆうこころじゆうせんたくじゆうしぜんじゆううちゅうじゆう
2010年4月6日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ひびつとめあきないかんしゃまごころこめつとめるよろこびみのりあらわれる
2010年6月19日(土)の「おつたえ」;あきないよろこびみのるしんいきづくこころせんたくしぜん

「かこ」が「いま」に「いきる」「しぜん」。。。

「わたし」への如何なる思念、想念等も「すべて」に感謝いたします。
ありがとうございます。




みなのこころのなかじゃ。
すべてこのよこころのなか。

なにがあってもかんしゃするがよい。

かんしゃしてしんかするしんい。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころのせんたく。
しんいはみなでしあわせ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

このよすべてしぜん。

このよすべてじゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。
しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

このよすべてじゆうしぜん。
このよすべてじゆうしぜん。

しぜん。
しぜん。
しぜん。

じゆう。
じゆう。
じゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

みなそれぞれじぶんのじんせい。
ひとたにんのじんせいいきられん。

みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。

あたえしこころみなじぶんじんせいめぐるかえるあらわれるしぜん。
あたえしこころみなじぶんじんせいめぐるかえるあらわれるしぜん。
あたえしこころみなじぶんじんせいめぐるかえるあらわれるしぜん。

かんしゃよろこびあいあたえればあたえるほどふえる。

よろこびかんしゃあいあたえればあたえるほどふえる。

みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

すべてわさいぜん。

わ。
わ。
わ。

さいぜんすべてにわひびきあいかなであい。

このよこころわひびきあいかなであい。

さいぜんこのよこころすべてひびきあいかなであい。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。

ようきこころものごとしんいかなうただしきよきにうけとめるこころ。

このよすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでひとつ。
みなでしあわせ。

みなちがういのち。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

ひとみないちれつみなたいら。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせ。

このよこころすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

このよこころじんせいむだない。
このよこころすべてまなび。

このよこころすべてまなび。
このよこころすべてじぶん。
このよこころすべてしぜん。

みなのこころあらわれる。

このよこころかがみ。

たのしむがよい。
たのしむがよい。
たのしむがよい。

たのしむこんなんしれんとらわれずようきこころいまさいぜんつとめること。

このよおおせんたく。

このよこころさらにしんのじぶんあらわれる。
このよこころさらにしんのじぶんあらわれる。
このよこころさらにしんのじぶんあらわれる。

しんのじぶんきづくがよい。
しんのじぶんきづくがよい。
しんのじぶんきづくがよい。

みなでひとつみなでしあわせ。
このよこころすべてつながっておる。

このよこころしんのおもいやりあいですべてつながっておる。

しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。
しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。
しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。


このよこころいろいろ。
いろいろかがやきこのよなす。
こころいろいろひかりみる。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

しんのつよさすべてをうけいれすべてをあいしすべてをいかすこのよこころしぜんうちゅうのつよさ。

すべてにかんしゃしまなびなせ。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

あくしぜん。
ぜんにかえるまなび。

あくしぜん。
ぜんにいたるまなび。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

こんなんしれんこのよこころみがくまなび。
こんなんしれんこのよこころみがくまなび。
こんなんしれんこのよこころみがくまなび。

しんいつとめるしんのひとなる。

しんのひとなるこころかがやきこんなんしれんこころみがく。
しんのひとなるこころかがやきこんなんしれんこころみがく。


なにがあってもかんしゃするがよい。
かんしゃすればこころせんたく。
かんしゃすればこころせんたくこころすむ。

かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。

ぜんかんしゃ。
しんいみきわめまなびなす。
しんかのみちびき。
しあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

かんしゃこころこのよいきることじゃいかすことじゃ。


かんしゃはいきること。。。。

かんしゃいかすこと。


ぜんかんしゃこのよこころすべていきることいかすこと。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

ぜんかんしゃ。
ぜんかんしゃ。
ぜんかんしゃ。

しんか。
しんか。
しんか。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

ぜんかんしゃこのよこころすべていきるいかすしんいしんずい。

しんいはみなでしあわせじゃ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることじゃいかすことじゃ。
しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく。
かんしゃすればしんいみえる。
しんいみえればまなびなす。
まなびなせばみちびきつかむ。
みちびきこれあらたなるしんかへのみちじゃ。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃはいきることじゃいかすことじゃ。

ぜんあくいだきあいとなる。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

しんいはみなでしあわせじゃ。





すべてに、ありがとう。全感謝。
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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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