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2010年9月25日(土)の「おつたえ」;みなのこころあらわれる。

いつもありがとうございます。毎週末の神社でのめでぃてーしょんを通じて「おつたえ」いただいた「しんい・めっせーじ」等を誠実に記させて頂いております。
【参照】「「おつたえ」はじめに。」のページへ
【参照】「わたし」のスピリチュアリティー(霊性)の「しんか」のページへ
【<毎週末のめでぃてーしょん>】
                                    <◆◆「おつたえ」まとめ
                                    <★★「しんい・めっせーじ」まとめ




みなのこころあらわれる。






台風12号が接近する「銀色の天空、暴風小雨」の中レインコートを着て、いつものように「神社でのめでぃてーしょん」に向かった。。

今朝は「上半身浮遊状態のサレンダー中腰姿勢」の時、いつもよりも上半身が左右に力強く短い間隔で幾度も揺れたと記憶している。

そしてしばらくして「みなのこころあらわれる。」とおつたえ下さった。

「上半身浮遊状態のサレンダー中腰姿勢」の間、数々の「フラッシュシーン」が「こころ」に届いた(見えた)。




みなのこころあらわれる。」

皆の心、あらわれる(現われる/洗われる)。。。

「フラッシュシーン」では「中国との関係」に関して。。。そして昨今の「激変気象」。。。その他のシーンはこの場でおつたえさせて頂くことは敢えて控えさせて頂く。 (「つたえんでよい。」とも届いている。)
(この場で伝えることによりその「事態」が人々の意識に入り込んでその「事態」が顕在化してしまうことを促進させてしまうのは今の私たち「日本」にとっては好ましいことではないからだ。しかし「おわり」「このよおおせんたく」にとっては「必須」であり「必然」であり「しぜん」なこと。。。いずれ皆、「その事態」を知ることになる。。。不安はいらない。。と幾度も届いている。。とても「しぜん」なことなのだ。。。「日々、一瞬一瞬を全感謝の心で楽しんで生きる」ことが大切だと、また、強く再認識させていただいた。。。ありがとうございます。)
【≫注意≪】
「たのしむ」とは、軽薄・軽率・無責任に快楽・享楽におぼれることではありません。
「たのしむ」とは全感謝のこころで「こんなんしれんとらわれずようきこころいまさいぜんつとめること」です。



【重要】(「このよおおせんたく」に関する内容は初めてこのブログをご覧いただいた方のために幾度も記させて頂いております。ご理解頂けたら幸いです。)
2009年6月13日(土)の「おつたえ」;このよおおせんたくしあわせせんたくのかくしん
【参照】
2008年9月5日(金)11:00頃とどきました。;みちびき
2008年9月16日(火)9:00すぎにとどきました。;おおせんたくはじまる
2008年9月16日(火)20:30の「おうかがい」;おおせんたくとは


昨今の「中国との関係」にせよ、「激変気象」にせよ、「みなのこころあらわれる」。
(それら「表層的なこと」はその先に様々な今、この場ではおつたえ出来ない多くの「事象・事情」を私たちの日常生活に派生的にもたらす。「ちいさなこと」(表面的なこと)が「おおきなこと」として「みなそれぞれじぶんじんせい」に巡り還りあらわれるのだ。。とても「しぜん」なことだ。)

みなのこころあらわれる」結果として、昨今の「事象・事情」が私たちの社会、このよこころ、社会意識に顕現し、顕在化しているにすぎない。

(幾度もおつたえ下さっているが)それはとても「しぜん」なことだ。


「あらわれた」事象・事情の「現実」に対して、怒気を向けたり、批判・非難を「言葉として発する」ことは、単なる「パフォーマンス」にすぎない。

怒気を向けたり批判・非難をする等「パフォーマー」はパフォーマンスをすることにより人々の意識の中に入り込むことが目的なのだから。

怒気を向けたり、批判・非難を「言葉として発する」「じぶん」の深層心理にある「自己顕示欲」という「パフォーマンスの根元」を「しんいかなうのぞみねがいかなう」方法で「さいぜん」に実践・行動することをせず、「自己アピール」の歪曲した「あらわれ」として、「怒気を見せる」「批判・非難をする」等の、軽率で無責任な「パフォーマンス」をする。

「パフォーマンス」は悪ではない。

「ひと」としてのとても「しぜん」な心理作用だ。

「パフォーマンス」すら責められ排除される必要はない。

「パフォーマンス」を「パフォーマンス」だと「れいせい(冷静/霊性)」にきづくこと、そして「まなぶ」ことが大切だ。

「パフォーマンス能力・脳力」も素晴らしい。

素晴らしい「能力・脳力」だ。

「怒気をあらわす」ことや「批判・非難をする」という「パフォーマンス」に対しても、まず感謝する。

それら表層的なことは「しんいかなうのぞみねがいかなう」「さいぜん」ではないことは、当のご本人もきづき知っていた上で実践しているのだからその「パフォーマンス能力・脳力」はさらに素晴らしいものになる。

それを「知らない」「きづけない(きづく能力・脳力の無い)」等の人々が「煽動」され、もしくは「無視」することにより、結果、さらに「悪しき事情」が私たち日本社会および「みなそれぞれじぶんじんせい」に「あらわれる」とても「しぜん」の結果が、私たちを「楽しみに」待受けている。
(「無視する心理」は「否定・排除の心理」に通じ、その「こころ」は「自己否定・自己破壊」に通じるからだ。)

(このよこころには、すべて「しんいしんずい」がある。
「煽動されること」もしくは「無視すること」により、さらに「悪しき事情」が巡り還りあらわれるという「しんいしんずい」をきづこうとしない、きづけない、きづいても自己否定してしまう等のことが、さらに「悪しき事情」を自ら巡り還りあらわしていることにすら、きづくことができない「現状」があり、そのこと自体にもしっかりとした「しんいしんずい」があることも否定出来ない。。。それはとても「しぜん」なこととして、全て、まず、感謝する。ありがとうございます。)


(【留意】タロットの「フール」が「しんいしんずい」の「あらわれ」を「愚かに見える奇行や言動」で「みせている」ことに「しんいしんずい」をきづこうとせず、能力・脳力の無い人々は「愚かだ!」と見下し嘲笑を浴びせる。「しんいしんずい」は「いわんいえん」。。。能力・脳力のある「ひと」はタロットの「フール」のような言動にすら「しんいしんずい」の「ひかり」を見る。。。とても「しぜん」なことだ。。。)
(【≫注意≪】「能力・脳力の無いこと」も悪ではありません。「みなそれぞれじぶんじんせい」としてとても「しぜん」であり、皆「それぞれじぶんじんせい」が皆、素晴らしいのです。そして「能力・脳力があること」も決して上や優れていることでもありません。「ひとみないちれつみなたいら」であり「ちがいすべてまなび」です。悪しき誤解なされませぬよう明記させて頂きました。ご理解頂けましたら幸いに存じます。ありがとうございます。)


楽しもう!

楽しい!

私たちの日本社会に、これからますます「楽しい」事があらわれる。

私たちの「みなのこころ」が、「しぜん」と「あらわれる」。

とても「しぜん」なことだ。


「しんいしんずい」をきづき、どのような「日本社会」が「さいせい」するか。。。

一人でも多くの人々がその「きづき」「まなび」を成し、全感謝の心で「つとめる」ことにより、さらに「みなでしあわせ」の「さいせい」日本が誕生する。


そのことに、今、どれだけの日本人(=肌の色や国籍や居住地などは全く関係なく「ひのもとひながたのこころ」「大和(おおいなるわ)やまとのこころ」(魂)をもっている「ひと」)がきづいているのだろう。。。。


とても楽しみなことだ。。。



今朝おつたえ下さった「みなのこころあらわれる。」という「おつたえ」。。。


これからますます驚くほど「たのしみ」な事象・事情が私たち日本社会、みなそれぞれ「じぶんじんせい」等に「あらわれる」。

そして、それらの「あらわれた」事象・事情によりこれからさらにみなそれぞれ「じぶんじんせい」として、「じぶんのこころ」が「こころせんたくしだい」、さらに「みなでしあわせ」に「あらわれる(洗われる/現われる)」時と成ったのだと、強く感じた/観じた。


みなのこころあらわれる。」


これで「みなのこころ」が、様々な事象・事情として私たち日本社会や「みなそれぞれじぶんじんせい」に「あらわれない」時代は「おわり」となる。


(。。。「あしきごかいするものおる。」一部「かくせ」と届きましたので、いつものようにその部分は、受け取る心をもって、「せんたく」なされますと、あらわれます。)
みなのこころあらわれる。」楽しみな時代を、「みなでしあわせ」に、楽しんでいきてゆこう!
(。。。もちろん「すること」も悪ではない。とても「しぜん」なこと。)


みなのこころあらわれる。」


楽しみだ。。。

楽しもう!


みなのこころあらわれる。」

「ありがとうございます。」




みなのこころのなかじゃ。
すべてこのよこころのなか。

なにがあってもかんしゃするがよい。

かんしゃしてしんかするしんい。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころのせんたく。
しんいはみなでしあわせ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

このよすべてしぜん。

このよすべてじゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。
しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

このよすべてじゆうしぜん。
このよすべてじゆうしぜん。

しぜん。
しぜん。
しぜん。

じゆう。
じゆう。
じゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

みなそれぞれじぶんのじんせい。
ひとたにんのじんせいいきられん。

みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。

みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

すべてわさいぜん。

このよこころわひびきあいかなであい。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。

ようきこころものごとしんいかなうただしきよきにうけとめるこころ。

このよすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでひとつ。
みなでしあわせ。

みなちがういのち。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

ひとみないちれつみなたいら。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせ。

このよこころすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

このよこころじんせいむだはない。
このよこころすべてまなび。

このよこころすべてまなび。
このよこころすべてじぶん。
このよこころすべてしぜん。


みなでひとつみなでしあわせ。
このよこころすべてつながっておる。

このよこころしんのおもいやりあいですべてつながっておる。

しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。
しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。
しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。


このよこころいろいろ。
いろいろかがやきこのよなす。
こころいろいろひかりみる。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

しんのつよさすべてをうけいれすべてをあいしすべてをいかすこのよこころしぜんうちゅうのつよさ。

すべてにかんしゃしまなびなせ。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

あくしぜん。
ぜんにかえるまなび。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

なにがあってもかんしゃするがよい。
かんしゃすればこころせんたく。
かんしゃすればこころせんたくこころすむ。

かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。

ぜんかんしゃ。
しんいみきわめまなびなす。
しんかのみちびき。
しあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

かんしゃこころこのよいきることじゃいかすことじゃ。


かんしゃはいきること。。。。

かんしゃいかすこと。


ぜんかんしゃこのよこころいきることいかすこと。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

しんいはみなでしあわせじゃ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることじゃいかすことじゃ。
しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく。
かんしゃすればしんいみえる。
しんいみえればまなびなす。
まなびなせばみちびきつかむ。
みちびきこれあらたなるしんかへのみちじゃ。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃはいきることじゃいかすことじゃ。

ぜんあくいだきあいとなる。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

しんいはみなでしあわせじゃ。






すべてに、ありがとう。全感謝。

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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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