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2010年9月4日(土)の「おつたえ」;「ぎしんあんき」/「きづくがよい。」

いつもありがとうございます。毎週末の神社でのめでぃてーしょんを通じて「おつたえ」いただいた「しんい・めっせーじ」等を誠実に記させて頂いております。
【参照】「「おつたえ」はじめに。」のページへ
【参照】「わたし」のスピリチュアリティー(霊性)の「しんか」のページへ
【<毎週末のめでぃてーしょん>】
                                    <◆◆「おつたえ」まとめ
                                    <★★「しんい・めっせーじ」まとめ

(上半身サレンダー状態の中腰姿勢浮遊状態にて)

ぎしんあんき



(直立して)

きづくがよい。





今朝は「上半身サレンダーの状態」の時に「ぎしんあんき(疑心暗鬼)」と「おつたえ;くげん」のように「こえ」が発せられ、その後しばらくして直立し、「きづくがよい。」と「おつたえ;みこと」のように「こえ」が発せられた。

(今朝もその最中は多くの「フラッシュシーン」が届いたのでその観点も併せて以下に記させていただきます。)

(本日の内容は「きづき」の度合いが比較的「高度(難度が高い)」です。「しんか」し多くを既に「きづいている」方にはすぐに「あぁ、なるほど。」とすぐに「きづく」ことでしょうが、たとえこれをお読み下さり「わからない。」と感じた/観じたとしても、とても「しぜん」です。「ひとみないちれつ。みなたいら。」です。「ひと」には上下優劣等はございません。「ちがい」があるだけです。ご安心下さい。)



まず、「上半身サレンダーの中腰浮遊状態」では「ぎしんあんき(疑心暗鬼)」と「こえ」が発せられた。

【参照】「ぎしんあんき(疑心暗鬼)」 (三省堂「大辞林 第二版」より)
(1)疑いの心。疑い。
「―を抱く」
(2)〔仏〕 六根本煩悩(ぼんのう)の一。仏教の真理に対して、疑いの心をもつこと。安心立命(あんじんりゆうみよう)しなくなること。
――暗鬼を生(しよう)ず
〔列子(説符注)〕疑心があると、何でもないものにまで恐れや疑いの気持ちを抱くものである。疑心暗鬼。疑えば目に鬼を見る。



世の乱れ。気候の錯乱。政治の混乱。経済の低迷。様々な「業界」の「うみだし」。。。

私たち皆の「こころせんたくしだい」のとても「しぜん」なこととして、毎日多くの「現実」が巡り還りあらわれている、「このよおおせんたく」。

私たち、社会意識は、本人も気づくことなく毎日「ぎしんあんき(疑心暗鬼)」の状態に陥ってしまっている人々がいるのだと悟らさせていただいた。

ぎしんあんき(疑心暗鬼)」

私達は、「自分は「しんのじぶん」をきづいているか。」という問いかけに、「はい。わたしは「しんのじぶん」をきづいています。」と「じしん(自信/自神)」をもって答えられるだろうか。

私たち一人一人が「はい。わたしは「しんのじぶん」をきづいています。」と「じしん(自信/自神)」をもって、「いま」、答えられるとしたら、その「真実」は、「今、この社会の現実」と合致しているだろうか。

このよこころすべてじぶん。がよくでないしんのじぶん。」

たとえある個人が「はい。わたしは「しんのじぶん」をきづいています。」と答えたとしても、「今、この社会の現実」が「しんのじぶん」と合致していない場合には、それは「しんのじぶん」を「真実」として完全にきづいたことにはならない。

(その理由は「きづくものからきづけばよい。」と届いておりますので、「詳細説明」はこの場では割愛させていただきます。ご了承ください。ありがとうございます。)


これから「このよおおせんたく」のさらなる「おおなみ」が私たち、このよこころ、世界中に巡り還りあらわれる。
(とても「しぜん」なことです。「不安や恐怖」等は不要です。ただただ「しぜん」なことです。)

【重要】
2009年6月13日(土)の「おつたえ」;このよおおせんたくしあわせせんたくのかくしん
【参照】
2008年9月5日(金)11:00頃とどきました。;みちびき
2008年9月16日(火)9:00すぎにとどきました。;おおせんたくはじまる
2008年9月16日(火)20:30の「おうかがい」;おおせんたくとは


「しんのじぶん」をきづこうとせず、「ぎしんあんき(疑心暗鬼)」の中にある人々には「不安と恐怖」「(悪しき)困難試練」等として日々の生活の中に巡り還りあらわれる「しぜん」。
(他人様(ひとさま)の人生はその他人様ご自身の人生であり、他人様の人生に強要、強制はできません。他人様ご自身の人生「こころせんたく」を最大限尊重することが「さいぜん」です。)

「しんのじぶん」をきづこうとしない「こころせんたく」もとても「じゆう」で「しぜん」。

「みなそれぞれじぶんじんせい」。「じぶんこころせんたく」は、「じゆう」で「しぜん」。

「フラッシュシーン」として、「疑心暗鬼」の中に陥っている人々と「しんのじぶん」をきづいている人々の様子の「ちがい」がはっきりと見えた。

「こころせんたく」次第で、これほどまでに、日々の「現実」の中や、世の事象・事情、そして多くの人々のブログ等で「いろいろ」「しんい」等が明確に私たち「ひと」に伝えられているのに、「疑心暗鬼」の中にとどまり「きづこう」と「こころせんたく」を成さない人々には、それ相応の巡り還りが「あらわれる」ことは、とても「しぜん」なこと。。

(注;「他人様(ひとさま)」の人生などに対して、たとえ多くの「まなび」が巡り還りあらわれようとも、それは「じぶん」であったとしても、「じぶんじんせい」ではなく、その人(他人様)ご自身の人生なので、決して「他人様(ひとさま)」の人生に対して「批判、非難、見下し、貶め、罵り」等はしては成りません。「じぶん」として、その「他人様(ひとさま)」の人生からも多くの「まなび」を成してゆくのです。)

これからますますそのご本人自身も気づかず「ぎしんあんき(疑心暗鬼)」の中に陥っている人々と、「しんのじぶん」をきづいている(きづこうと「こころせんたく」している)人々と、「こころせんたく」次第、さらに一層明確な「ちがい」が巡り還りあらわれる時となっていると強く感じた/観じた。


そして、その「さとし」として、まさに「きづくがよい。」と、一言、はっきりと「こえ」として発せられたのだと悟った。
(【留意】「きづく」とは「気づく」であり、同時にその「真実」を成し「築く」ことでもあります。その点も「きづく」ことができます。)

「信じる」必要はない。

信じなくてもいい。(信じてもいい。)

疑うことも「じゆう」で「しぜん」。

疑う「こころせんたく」をするのであれば、「じぶんじんせい」にそれ相応の巡り還りがあらわれる「しぜん」。

信じる「こころせんたく」をするのであれば、「じぶんじんせい」にそれ相応の巡り還りがあらわれる「しぜん」。

そして。。

「きづく」「こころせんたく」をするのであれば、「じぶんじんせい」にそれ相応の巡り還りがあらわれる「しぜん」。

「こころせんたく」は、「みなそれぞれじぶんじんせい」、とても「じゆう」で「しぜん」だ。

そして。。

今朝、「こえ」としてはっきりと「きづくがよい。」と発せられた「真実」。。

(「いま」、これをお読み下さり、どのように「こころせんたく」を成すか。その「こころせんたく」も、「みなそれぞれじぶんじんせい」、とても「じゆう」で「しぜん」です。)



(上半身サレンダー状態の中腰姿勢浮遊状態にて)

ぎしんあんき



(直立して)

きづくがよい。




「疑心暗鬼」の「こころせんたく」も「じゆう」で「しぜん」。


「きづく」「こころせんたく」も「じゆう」で「しぜん」。


いずれ「このよおおせんたく」がすみ、「このよすみこころすみ」、さらに「みなでしあわせ」な「このよこころ」があらわれ顕在化するまで、これからますます「たのしむ」能力・脳力を試されるような「楽しい時代」がこれからしばらく、私たち、このよこころ、日本社会、社会意識、世界等に、巡り還りあらわれる。

とても「しぜん」なことだと感謝している。



きづくがよい。」




みなのこころのなかじゃ。
すべてこのよこころのなか。

なにがあってもかんしゃするがよい。

かんしゃしてしんかするしんい。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころのせんたく。
しんいはみなでしあわせ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

このよすべてしぜん。

このよすべてじゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。
しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

このよすべてじゆうしぜん。
このよすべてじゆうしぜん。

しぜん。
しぜん。
しぜん。

じゆう。
じゆう。
じゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

みなそれぞれじぶんのじんせい。
ひとたにんのじんせいいきられん。

みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。

みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

すべてわさいぜん。

このよこころわひびきあいかなであい。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。

ようきごころものごとしんいかなうただしきよきにうけとめるこころ。

このよすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでひとつ。
みなでしあわせ。

みなちがういのち。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

ひとみないちれつみなたいら。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせ。

このよこころすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

このよこころじんせいむだはない。
このよこころすべてまなび。

このよこころすべてまなび。
このよこころすべてじぶん。
このよこころすべてしぜん。


みなでひとつみなでしあわせ。
このよこころすべてつながっておる。

このよこころしんのおもいやりあいですべてつながっておる。

しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。
しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。
しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。


このよこころいろいろ。
いろいろかがやきこのよなす。
こころいろいろひかりみる。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

しんのつよさすべてをうけいれすべてをあいしすべてをいかすこのよこころしぜんうちゅうのつよさ。

すべてにかんしゃしまなびなせ。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

あくしぜん。
ぜんにかえるまなび。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

なにがあってもかんしゃするがよい。
かんしゃすればこころせんたく。
かんしゃすればこころせんたくこころすむ。

かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。

ぜんかんしゃ。
しんいみきわめまなびなす。
しんかのみちびき。
しあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

かんしゃこころこのよいきることじゃいかすことじゃ。


かんしゃはいきること。。。。

かんしゃいかすこと。


ぜんかんしゃこのよこころいきることいかすこと。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

しんいはみなでしあわせじゃ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることじゃいかすことじゃ。
しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく。
かんしゃすればしんいみえる。
しんいみえればまなびなす。
まなびなせばみちびきつかむ。
みちびきこれあらたなるしんかへのみちじゃ。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃはいきることじゃいかすことじゃ。

ぜんあくいだきあいとなる。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

しんいはみなでしあわせじゃ。






すべてに、ありがとう。全感謝。

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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

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(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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