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2010年8月28日(土)の「おつたえ」;むりならんいまさいぜんいきるいかすようじょうこのよこころすこやかしんか。

いつもありがとうございます。毎週末の神社でのめでぃてーしょんを通じて「おつたえ」いただいた「しんい・めっせーじ」等を誠実に記させて頂いております。
【参照】「「おつたえ」はじめに。」のページへ
【参照】「わたし」のスピリチュアリティー(霊性)の「しんか」のページへ
【<毎週末のめでぃてーしょん>】
                                    <◆◆「おつたえ」まとめ
                                    <★★「しんい・めっせーじ」まとめ




むりならん。

いまさいぜんいきるいかす。

ようじょうこのよこころすこやか。






今朝は「おつたえ;みこと」をいただいた。

しかし今までにないパターンだった。

以前にも記したが、「変則的な届き方」や「今までにないパターン」もとても「普通」であり「通常」であり、とても「しぜん」。


上半身をサレンダーし、「上半身浮遊状態」の時、先週は「息絶え絶え」のような状態だったが、今週も「弱々しい」と感じた/観じた。
(その「弱々しさ」をあらわすためにも、上記した「おつたえ;みこと」を「グレー文字」にて記させていただきました。)

蝶の「変態」に当てはめるならば、「幼虫がさなぎに成る」。。あの芋虫型の幼虫が脱皮をして「蝶のさなぎ」になろうとしているような状態。。。

決して、サナギから脱皮して蝶として躍動的に飛び交う波動・雰囲気ではなかった。

しばらく「上半身浮遊状態」が続いた後、上半身が「直立」した。

再び「上半身浮遊状態」に戻ることなく「直立」がそのまま続いた。

そしてかすかな「こえ」として「おつたえ;みこと」が発せられたと記憶している。

その「こえ」はまるで「吐息」のように「風」のようにかすかだった。



むりならん。

いまさいぜんいきるいかす。

ようじょうこのよこころすこやか。





むりならん。」

「無理」「成らん。」

「無理」には物事は「成らん」。

「理」「道理」が無い状態では、物事は「成らん」「成就」しない。

「無理」をしては成らない。

むりならん。」



2008年秋、「このよおおせんたく」が始まる以前、1980年代や1990年「バブル」の頃の日本等、世界が「拡大基調/成長局面」にあるときには「無理」は決して「むり」ではなかった。

物事・状況が「拡大基調/成長局面」にあるときには、「無理」のように見える「がんばり」「攻め」「勇み」等は「無理」ではなく、「勢い/慣性(inertia)」となり物事を躍進的に結実させる。

2002~2006年頃、日本でも「儲けるが勝ち」というような語呂がよく、すぅぅぅっと抵抗無く心に無意識に巣くう「洗脳フレーズ」により、多くの人々が本人も気づかず洗脳されてしまい、「我欲/強欲」の度零と化した。

その当時、「バブル崩壊後の失われた10年から脱却する意図」も後押しして、偏在・偏向的に経済が一瞬潤ったように錯覚した。

その錯覚は「我欲/強欲」の「あらわれ」。
(注;「我欲/強欲」の「あらわれ」は悪ではありません。とても「しぜん」です。ただし「サステイナブル(永続的)」ではなく「短命」もしくは「困難試練のまなび」が後に人生に巡り還りあらわれます。)

2002~2006年頃、「無理」は「それなりの結果」を創出した。

その当時、一見「無理」に思われる「努力」や「がんばり」「攻め」「勇み」等が、それなりに「物事」「結果」を成した(錯覚)。

「欧米」「中国」「中東」等、世界の経済趨勢は局所的ではあるものの「拡大成長」基調にあったからだ。


しかし2008年秋、「このよおおせんたく」が始まってからは、その状況も激変した。

【重要】「このよおおせんたく」に関して。
2009年6月13日(土)の「おつたえ」;このよおおせんたくしあわせせんたくのかくしん
【参照】
2008年9月5日(金)11:00頃とどきました。;みちびき
2008年9月16日(火)9:00すぎにとどきました。;おおせんたくはじまる
2008年9月16日(火)20:30の「おうかがい」;おおせんたくとは


むりならん。」

今は「むり」は「成らん」時代。

今、「むり」する「こころせんたく」も「じゆう」。

多くの「まなび」「こんなんしれん」等をいただくことができる、絶好の「チャンス」でもある。

「みなそれぞれじぶんじんせい」。

「こころせんたく」はとても「じゆう」で「しぜん」だ。




いまさいぜんいきるいかす。」

「今」を「さいぜん」に「いきる」こと。「いかす」こと。

人によっては、「いまさいぜんいきるいかす。」という「しんい」をきづき、そして「さいぜん」の「しんい」をきづき、人によっては、その「さいぜん」は「今、無理なような努力をすること」だときづくかもしれない。

そのような「こころせんたく」も「じゆう」。

もし、今、「いまさいぜんいきるいかす。」の「しんい」をきづき、「無理そう」なことを実践する「こころせんたく」ができれば、その「無理そう」に感じられることを実践することもよいだろう。

その「こころせんたく」が「しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく」であれば、一見「無理そうな努力」は決して「無理」ではない。
(注;その「無理そう」に見える「努力」の根元が「我欲/強欲」から生じているのか否か、「きづく」必要があります。)

「しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく」をすることが「さいぜん」。

一見、今「無理そうなことを実践する」ことが、「しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく」であれば、その「無理そうな事」は決して「むり」ではなく、「しぜん」と結果としてあらわれる。

しんいはみなでしあわせ。」




ようじょうこのよこころすこやか。」

【参照】「養生(ようじょう)」 (三省堂「大辞林 第二版」より)
(名)スル
(1)健康に注意し、病気にかからず丈夫でいられるようにつとめること。健康を保つこと。摂生。
「―して長生きして下さい」「―法」
(2)病気やけががなおるようにつとめること。保養。
(3)土木・建築で、打ったコンクリートやモルタルが硬化作用を十分に発揮するよう保護する作業。
(4)建築工事で、作業箇所の周囲を保護すること。



今、世界は2008年秋以前のような、「成長拡大局面」ではない。

今、「このよおおせんたく」の真っ只中。

がむしゃらに「がんばり」「無理」をする「こころせんたく」も「じゆう」ではあるが、逆に「養生する」ことに「努力する」という「こころせんたく」もある。

「しぜん」と調和し、「無理」せず「さいぜん」に、「養生」という意識を成長「しんか」させる。。。

私たちは、ともすると汗水垂らして脇目もふらずがむしゃらに何かをすることが「善」であるような形骸化した固定概念に囚われてしまうリスク(危険性)がある。

「このよおおせんたく」の真っ只中である「今」は、「汗水垂らして脇目もふらずがむしゃらに何かをする」ような「こころせんたく」も「じゆう」であるが、「養生」という「しんい」の意識をきづき、無理せず「養生する」という感覚を、今こそ成長発達させ「しんか」する時となったのだと強く感じた/観じた。

ようじょうこのよこころすこやか。」

今、無理せず「養生」という意識を「しんか」させることにより、いずれ「このよおおせんたく」がすみ、世界が再び「成長拡大局面」に成った時には、さらに奥深い「しんか」した意識により、「さいぜん」の「がんばり」「努力」「攻め」「勇み」が「しぜん」とできるようになる。

2002~2006年頃の形骸化した社会意識の価値基準に照らしてみると、無理せず「養生する」ことは、「怠惰」「怠け」「愚弄」のような見下した判断をしてしまう可能性があるが、今、意図的に意識的に「無理せず養生する」ということを実践することは決して、今を甘んじるような「怠惰」でも「怠け」でもない。

その「意図的に」「意識的に」「養生を実践すること」こそ、あらたな「まなび」として、私たち、このよこころ、社会意識をさらに「しんか」させてくれる大切な観点である。



「このよおおせんたく」の真っ只中、意図的に、意識的に、「無理をせず養生する」という意識の成長、このよこころの「しんか」。。。


「日本の死」において、さらに「みなでしあわせ」の「あらたなるひのもとひながた;さいせい/しんせいにほん」が誕生する「ひ」を楽しみに、今は、無理せず、敢えて意図的に意識的に「養生」し、誕生後の成長・躍進への「しんいしんずい」をきづく「ちから、エネルギー」のバランス調整を成す。

「さいせい/しんせいにほん」の「あらたなる」誕生に向けて、「しんいしんずい」をきづき「しぜん」と「まなび」「つとめ」、準備する。



むりならん。

いまさいぜんいきるいかす。

ようじょうこのよこころすこやか。




自分には、「養生する能力・脳力」があるか否か。。。

今、私たち、このよこころ、社会意識は、「養生する」という「まなび」をいただき、そして「しぜん」と「さいぜん」に「養生する能力・脳力があるか否か」。。試されているようでもある。。




みなのこころのなかじゃ。
すべてこのよこころのなか。

なにがあってもかんしゃするがよい。

かんしゃしてしんかするしんい。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころのせんたく。
しんいはみなでしあわせ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

このよすべてしぜん。

このよすべてじゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。
しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

このよすべてじゆうしぜん。
このよすべてじゆうしぜん。

しぜん。
しぜん。
しぜん。

じゆう。
じゆう。
じゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

みなそれぞれじぶんのじんせい。
ひとたにんのじんせいいきられん。

みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。

みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

すべてわさいぜん。

このよこころわひびきあいかなであい。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。

ようきごころものごとしんいかなうただしきよきにうけとめるこころ。

このよすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでひとつ。
みなでしあわせ。

みなちがういのち。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

ひとみないちれつみなたいら。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせ。

このよこころすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

このよこころじんせいむだはない。
このよこころすべてまなび。

このよこころすべてまなび。
このよこころすべてじぶん。
このよこころすべてしぜん。


みなでひとつみなでしあわせ。
このよこころすべてつながっておる。

このよこころしんのおもいやりあいですべてつながっておる。

しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。
しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。
しんのおもいやりあいこのよこころすべてつなぎつなぐつながる。


このよこころいろいろ。
いろいろかがやきこのよなす。
こころいろいろひかりみる。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

しんのつよさすべてをうけいれすべてをあいしすべてをいかすこのよこころしぜんうちゅうのつよさ。

すべてにかんしゃしまなびなせ。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

あくしぜん。
ぜんにかえるまなび。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

なにがあってもかんしゃするがよい。
かんしゃすればこころせんたく。
かんしゃすればこころせんたくこころすむ。

かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。

ぜんかんしゃ。
しんいみきわめまなびなす。
しんかのみちびき。
しあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

かんしゃこころこのよいきることじゃいかすことじゃ。


かんしゃはいきること。。。。

かんしゃいかすこと。


ぜんかんしゃこのよこころいきることいかすこと。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

しんいはみなでしあわせじゃ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることじゃいかすことじゃ。
しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく。
かんしゃすればしんいみえる。
しんいみえればまなびなす。
まなびなせばみちびきつかむ。
みちびきこれあらたなるしんかへのみちじゃ。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃはいきることじゃいかすことじゃ。

ぜんあくいだきあいとなる。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

しんいはみなでしあわせじゃ。






すべてに、ありがとう。全感謝。

{【2013年2月2日の変更】『2013年2月2日(土)14:00過ぎ「隅田川河畔ランニングコーナー」での出来事;「殺したい心にも『愛』を感じた/観じた「このよ」への『愛』。。。全感謝。」』に記したように、「どれい」という表現は「あしきごかい」を浄化させるため、「度零」に変更いたしました。
ありがとうございます。}



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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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