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2010年6月19日(土)の「おつたえ」;あきないよろこびみのるしんいきづくこころせんたくしぜん。

いつもありがとうございます。毎週末の神社でのめでぃてーしょんを通じて「おつたえ」いただいた「しんい・めっせーじ」等を誠実に記させて頂いております。
【参照】「「おつたえ」はじめに。」のページへ
【参照】「わたし」のスピリチュアリティー(霊性)の「しんか」のページへ
【<毎週末のめでぃてーしょん>】
                                    <◆◆「おつたえ」まとめ
                                    <★★「しんい・めっせーじ」まとめ




あきないよろこびみのるのじゃぞ。

このよこころすべてしんい。

きづくもきづかぬもこころせんたくしだい。





みなでしあわせ。





今朝は、いつもの「上半身浮遊状態」の途中、上半身が起きあがり直立姿勢となり「こえ」「ことば(おつたえ)」が発せられたと記憶しております。
「こえ」のトーンは比較的「優しい」まろやかなトーンだったと記憶しております。

手は胸の前で「しあわせてあわせ」だったと思います。

「ことば(おつたえ)」が「こえ」として発せられた後、姿勢はまた「上半身浮遊状態」に戻りました。

そのとき「みなでしあわせ。」と発せられたと記憶が残っております。

(記憶を保ち続けたり、記憶を鮮明に想い出す理由は、もし「めでぃてーしょん」の最中に記憶をなくしてしまうとそれは「じぶん」の「意識」を無くしてしまうことと同じであり、それは「失神」してしまう等、ある種の「危険」を生じてしまうので「めでぃてーしょん」中は必ず「(上半身サレンダー{=あけわたし}しているものの)じぶんの意識を保つこと」「記憶を失わないこと」を心がけております。)


その後は以前と同じパターンでした。

最近、「こえ」「ことば」も、以前のような「おつたえ;くげん」ではないケースが続いております。

「わたし」にもまた「あらたなるとき」があらわれているのだと感謝しています。
ありがとうございます。




まず、「あきないよろこびみのるのじゃぞ。」とおつたえ下さいました。

これまでにも「よろこび」に関して幾度も届いております。

【参照】「よろこび」
2009年1月3日(土)9:30過ぎにとどきました。;じんせいよろこびいきるすべてまなび
2009年1月25日(日)12:12にとどきました。;みなそれぞれじぶんのしめいみなでいきるよろこび
2009年1月27日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;いきるよろこびのこたえ
2009年3月3日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;こころこめつとめるよろこびみのりめぐりかえる
2009年4月13日(月)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;しんいかなうのぞみねがいかなうはかみこのよこころのよろこび
2009年4月17日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;よろこびのこころひろがる
2009年5月3日(日)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ぜにめぐるかえるよろこび
2009年5月26日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;これからますますおかねぜによろこびめぐりかえりあらわれる
2009年6月25日(木)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;よろこびのこころめぐるかえるあらわれるしんか
2009年7月27日(月)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;よろこびしあわせこころあたえなされ
2009年9月25日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;がよくのりめぐらんみなでしあわせよろこびのりめぐるかえるあらわれるしんい
2009年10月22日(木)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;まごころこめつとめよろこびぜにめぐるかえるよろこび
2009年11月16日(月)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;よろこびつとめる
2009年11月20日(金)6:33にとどきました。;いきるよろこびいかすよろこび
2009年11月20日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;なにがめぐりかえりあらわれようともまずかんしゃこころこのよすむよろこび
2009年12月1日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;かならずすむこのよおおせんたくよろこびひろがる
2009年12月2日(水)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;よろこびつとめるひのもとのくによみがえる
2010年2月17日(水)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;つらさよろこびのさきがけ
2010年2月18日(木)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ころぶつらさよろこびさきがけのしんい
2010年2月21日(日)16:55(と、少し前)にとどきました。;よろこびしあわせのり
2010年3月8日(月)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;こころよろこびあきないりめぐる
2010年3月26日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;かんしゃまごころこめつとめよろこびめぐる
2010年4月6日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ひびつとめあきないかんしゃまごころこめつとめるよろこびみのりあらわれる
2010年4月13日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;こんなんしれんしんかきざしよろこびつとめるしんい
2010年5月27日(木)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;あきないかんしゃまごころこめしつとめよろこびみのりめぐるかえるあらわれるしんか
2010年6月11日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;かんしゃよろこびみのる


今朝、また改めて「おつたえ」として「あきないよろこびみのるのじゃぞ。」とおつたえ下さいました。

「あきない」は「商い」であり、また「飽きない」でもあると感じ/観じました。

「商い」は「よろこび」が「みのる」。

過去、「商い(ビジネスや投資等含む)」では「よろこび」ではなく、「企業利益」や「株主利益」等、ある特定の存在の利益を最優先としたある種の「我欲」により短期的に世界の「お金」が巡り還った時期もありました。

その期間はとても短命で「しあわせ」を多くの人々に拡げるどころか巨万の「ふしあわせ」が世界中にあらわれる結果となりました。

その「結果」は悪ではありません。「しぜん」です。

その一時期、社会意識は「我欲」が優先され、私たち「ひと」はその「我欲の度零」と化した時期でした。

「我欲の度零じんせい」も悪ではありません。

「我欲の度零」と化する人生も「こころせんたく」次第「じゆう」であり、「せんたくしだい」の「じぶんじんせい」が巡り還りあらわれる、とても「しぜん」です。

私たちはしっかりと「まなび」ました、「我欲の度零と化する人生」はどのような「めぐりかえり」があらわれるか。。。

「かこすべてまなび。」です。

「我欲の度零と化する人生」を「せんたく」することも「じゆうしぜん」です。

「我欲の度零と化しない人生」を「せんたく」することも「じゆうしぜん」です。

私たち、このよこころ、社会意識は、これからの世界経済、企業活動、就労勤労、日常生活等で、どの「こころせんたく」をするか。

今朝、改めておつたえ下さった「あきないよろこびみのる」という「おつたえ」は、これからさらに私たちの「こころせんたく」のとても大切な観点と成るのだと強く悟らさせて頂きました。

これから私たち、このよこころ、社会意識において「商い(ビジネスや投資等含む)」では「よろこび」が「みのる」。

さらにその「あきない」は「飽きないよろこび」なのだと感じ/観じました。

表面的で浅はかなすぐに飽きる一瞬の歓びではない、サステイナビリティーのある永続する「飽きないよろこび」。

これからはますます「飽きないよろこび」を人々に提供する「商い(ビジネスや投資等)」が、その企業や投資家や従業員、そしてその家族等、私たち、このよこころ、社会意識でさらに拡がり、その「あきない」の「よろこび」が巡り還り、「利益や収益、収入や儲け等」として、みなそれぞれ「じぶんじんせい」にさらに巡り還りあらわれるのだと悟らさせていただきました。




このよこころすべてしんい。」「きづくもきづかぬもこころせんたくしだい。」とおつたえ下さいました。

この「しんい・めっせーじ」も今まで幾度も届いております。

今朝、また改めて「おつたえ」としておつたえ下さったということはこれからはますますこの世に織り込まれている「しんい・めっせーじ」を「きづく」人と「きづかぬ」人と「しぜん」と明白になるときなのだと感じ/観じました。

私たちにとって「こころせんたく」は「じゆうしぜん」です。

「こころせんたく」をするかしないか、とても「じゆう」であり「しぜん」なことなのです。

「しんい・めっせーじ」として、今まで幾度も「しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたくするがよい。」とおつたえくださっております。

そのような「こころせんたく」をするか、しないか、「こころせんたく」は「じゆう」で「しぜん」なことなのです。

しかし「こころせんたくしだい」の「じぶんじんせい」が、これからますます明白に巡り還りあらわれる時となったのだと強く悟らさせていただきました。

いかなる人生を歩もうとも、誰の責任でもありません。

もう、大多数の人々がそのことをきづいています。

みなそれぞれじぶんじんせい」。
他人様(ひとさま)の人生をいきることはできません。

「こころせんたくしだい」の「じぶんじんせい」が巡る還るあらわれる、とても「じゆう」で「しぜん」なことなのです。

そして「じぶんじんせい」がとても「じゆう」で「しぜん」であることと同時に、他人様(ひとさま)の「じんせい」に対しても「善悪」決めつけたり「優劣・貴賤」等も判断することもなくなるのです。

皆それぞれ「じぶんじんせい」が「こころせんたくしだい」により巡り還りあらわれ、それぞれの「じぶんじんせい」が全て素晴らしく、たとえ困難試練の「じぶんじんせい」を歩もうとも、それも「すべてまなび」として、とても大切で素晴らしく決して他人様(ひとさま)から判断否定されるものではないのです。

皆それぞれ「じぶんじんせい」を、いかなる状態にあろうとも、お互いの愛と感謝と「けいい」により、温かく見守り、もし「たすけ」を必要としているのであれば、「愛と感謝と敬意の心」で「しぜん」と最善の「たすけ」「こころ」を与え合う。。。

これからは、もう他人様(ひとさま)の「じぶんじんせい」に対して、「善悪、優劣、貴賤等」判断する必要は無くなるのです。

「みなそれぞれじぶんじんせい」全てが、皆、偉大であり、素晴らしく、たとえ困難試練の中にあろうとも、勇敢にその「まなび」に立ち向かう誠実なその「こころ」がこのよこころ、社会意識の中で、大切な「ひかり」輝きを発する時と成ったのだと悟らさせて頂きました。


ますます多くの人々が、日常生活の中で自然と「しんい」をきづいています。

「このよこころ」には、全て「しんい」が織り込まれ、包み隠されているのです。

その「しんい」を「きづくもきづかぬも」、皆、私たちの「こころせんたくしだい」なのです。

「こころせんたく」はとても「じゆう」でとても「しぜん」なことです。

これからますます多くの人々が、日々日常生活の中から「しんい」をきづき、「こころせんたく」を「しぜん」と「じゆう」に成す時が巡り還りあらわれ、このよこころ、私たち、社会意識に顕在化する時と成ったのだと強く感じ/観じました。





みなでしあわせ







みなのこころのなかじゃ。
すべてこのよこころのなか。

なにがあってもかんしゃするがよい。

かんしゃしてしんかするしんい。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころのせんたく。
しんいはみなでしあわせ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

このよすべてしぜん。

このよすべてじゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。
しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

このよすべてじゆうしぜん。
このよすべてじゆうしぜん。

しぜん。
しぜん。
しぜん。

じゆう。
じゆう。
じゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

みなそれぞれじぶんのじんせい。
ひとたにんのじんせいいきられん。

みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。

みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

すべてわさいぜん。

このよこころわひびきあいかなであい。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。


このよすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでひとつ。
みなでしあわせ。

みなちがういのち。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

ひとみないちれつみなたいら。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせ。

このよこころすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

このよこころじんせいむだはない。
このよこころすべてまなび。

このよこころすべてまなび。
このよこころすべてじぶん。
このよこころすべてしぜん。

みなでしあわせみなでひとつ。
みなこころこのよつながっておる。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

しんのつよさすべてをうけいれすべてをあいしすべてをいかすこのよこころしぜんうちゅうのつよさ。

すべてにかんしゃしまなびなせ。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

なにがあってもかんしゃするがよい。
かんしゃすればこころせんたく。
かんしゃすればこころせんたくこころすむ。

かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。

ぜんかんしゃ。
しんいみきわめまなびなす。
しんかのみちびき。
しあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

かんしゃこころこのよいきることじゃいかすことじゃ。


かんしゃはいきること。。。。

かんしゃいかすこと。


ぜんかんしゃこのよこころいきることいかすこと。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

しんいはみなでしあわせじゃ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることじゃいかすことじゃ。
しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく。
かんしゃすればしんいみえる。
しんいみえればまなびなす。
まなびなせばみちびきつかむ。
みちびきこれあらたなるしんかへのみちじゃ。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃはいきることじゃいかすことじゃ。

ぜんあくいだきあいとなる。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

しんいはみなでしあわせじゃ。






すべてに、ありがとう。全感謝。

{【2013年2月2日の変更】『2013年2月2日(土)14:00過ぎ「隅田川河畔ランニングコーナー」での出来事;「殺したい心にも『愛』を感じた/観じた「このよ」への『愛』。。。全感謝。」』に記したように、「どれい」という表現は「あしきごかい」を浄化させるため、「度零」に変更いたしました。
ありがとうございます。}



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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

{★このブログはリンクフリーです。リンクご自由にどうぞ。}
(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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