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2010年6月5日(土)の「おつたえ」;じゆうしぜん。

いつもありがとうございます。毎週末の神社でのめでぃてーしょんを通じて「おつたえ」いただいた「しんい・めっせーじ」等を誠実に記させて頂いております。
【参照】「「おつたえ」はじめに。」のページへ
【参照】「わたし」のスピリチュアリティー(霊性)の「しんか」のページへ
【<毎週末のめでぃてーしょん>】
                                    <◆◆「おつたえ」まとめ
                                    <★★「しんい・めっせーじ」まとめ

(20:36、。。。「あしきごかいするものおる。」一部「かくせ」と届きましたので、いつものようにその部分は、「しんい・めっせーじ」を受け取る心をもって、「せんたく」なされますと、「しんい・めっせーじ」があらわれます。)




わたしのおやくめはたいせつなしゅうきょうをいきかえらせることです
わたしのおやくめはたいせつなしゅうきょうをいきかえらせることです
わたしのおやくめはたいせつなしゅうきょうをいきかえらせることです

しばりではありません。
しばりではありません。
しばりではありません。

このよこころじゆうしぜんです。
このよこころじゆうしぜんです。
このよこころじゆうしぜんです。





くにほろぶもじゆうしぜんくにほろばむ(ぬ)もじゆうしぜん。
くにほろぶもじゆうしぜんくにほろばむ(ぬ)もじゆうしぜん。
くにほろぶもじゆうしぜんくにほろばん(ぬ)もじゆうしぜん。

みなでひとつなるかならぬか。
みなでひとつなるかならぬか。
みなでひとつなるかならぬか。

みなのこころせんたくしだい。
みなのこころせんたくしだい。
みなのこころせんたくしだい。







そのおこころをごかぞくまわりのひとへ。
そのおこころをごかぞくまわりのひとへ。
そのおこころをごかぞくまわりのひとへ。







今朝は、深淵意識(宇宙意識・総体意識等)と上半身をサレンダーさせ融合した後、最初の「くげん」は「わたし」に関してまろやかな波長で「こえ」が発せられたと記憶しております。


わたしのおやくめはたいせつなしゅうきょうをいきかえらせることです
わたしのおやくめはたいせつなしゅうきょうをいきかえらせることです
わたしのおやくめはたいせつなしゅうきょうをいきかえらせることです

しばりではありません。
しばりではありません。
しばりではありません。

このよこころじゆうしぜんです。
このよこころじゆうしぜんです。
このよこころじゆうしぜんです。



参照】「わたし」とは

「わたし」の「おやくめ」は、「大切な宗教」を「いきかえらせる」こと。。
(注;「わたし」とは、私「まがたまぱじゃま。」に限りません。)

私たち人間が今までこのたった一つの地球でこうして、「今」もいきていられる(いかしていただいている)のはこれまでの「過去すべて」のおかげです。

その中に、「宗教」の存在を否定することはできません。

このよこころ、私たち、社会意識には、これまでの「宗教」の「教え」や、その「教え」から派生した「ものの考え方、見方、思想、哲学」等が気づかずとも自然と織り込まれています。

昨今、一部の人々に、「宗教は悪」「宗教は怖い」「宗教を批判・非難する」というような印象を感じさせる発言や意識、メッセージ等が巣くってしまっているようですが、「宗教」が悪であったり、怖いのではなく、その宗教にまつわる「こころしばり」が多くの問題や恐怖心等を発生させていることにきづくことができます。
(「宗教を批判・非難する」人の意図は「既存の宗教を批判・非難する」ことで、大きな精神的心理的な「うねり」がこのよこころに生じ、その「うねりの力」を搾取しようとする意図が働いていることがあります。
本人も気づいていない場合もあるのですが、他人に気づかれないように意図的に扇動的に批判・非難する人もいることも否定出来ません。
「こころせんたく」のとても「しぜん」なことだと感じています。)


この世の「宗教」は、私たち「ひと」にとって、とても大切です。

しかし「宗教にこころをしばる」ことが、これまで様々な事情や問題や恐怖心等を生じさせてしまい、今でも、ご本人達もきづかず「こころしばり」を無意識に広めていることもあります。

「かこすべてまなび」です。
(その時代にはその時代に即した「まなび」が生じるものです。)

「こころしばり」は悪ではありません。

「こころしばり」が必要な人々もいます。

何十年という長い「じぶんじんせい」の中で、「しんのじぶん」をきづき「しんのしあわせ」に至るプロセスにおける一時期、「こころしばり」が必要な人もいるのです。

「しんのじぶん」をきづくために、敢えて「こころしばり」が必要な人々もいるのです。

「大切な宗教」と「こころしばり」とは全く異なるものです。

「こころしばり」は、私たち、このよこころ、社会意識の「しんの自由意志(じゆうしぜん)」を拘束してしまい、「しんの自由意志(じゆうしぜん)」「こころせんたく」をなくしてしまいます。

「このよこころ」は、「じゆう」です。

「じゆう」とは、「しんいかなうこのよこころ」。

つまり「このよこころはしんいかなうこのよこころ」ということになり、一見おかしな文意と思われますが、その「しんい」をきづいた「ひと」には、それはとても「しぜん」だとわかることです。

「こころしばり」により、「しんの自由意志(じゆうしぜん)」「こころせんたく」つまり「しんのしんいかなうこのよこころの意志(じゆうしぜん)」「こころせんたく」が無くなってしまうのです。

「こころしばり」を必要としている人々にとっては、「こころしばり」はその人々の「しんの自由意志(じゆうしぜん)」により「こころせんたく」され、「じぶんじんせい」に必要とされているものなので、その人々以外の第三者が、その人々の「それぞれじぶんじんせい」に対して、なんら評価判断できるものでもありません。

「宗教は悪」でもなく「宗教は怖い」ものでもなんでもありません。

「宗教」は、私たち、このよこころ、社会意識等にとって、とても大切な存在なのです。

過去に、その「宗教」に巣くってしまった「こころしばり」というものの「しんい」を私たちがきづききれず、その「きづききれていない心の状態」が過去に問題や恐怖心等を生じさせてしまい、今でも一部の人々のこころの中に、つい短絡的に軽率に「宗教は悪」とか「宗教は怖い」等と、理解浅はかに誤って感じているということです。
(注;過去の「宗教に巣くってしまったこころしばり」の具体例は、敢えてこの場での言及は控えさせていただきます。
皆様の「こころせんたく」次第の具体例のお心当たりをきづくことが最善だと感じて/観じております。
「かこすべてまなび」です。過去に宗教に巣くった「こころしばり」も「まなび」として感謝しています。
ありがとうございます。)


しかしそれらの浅はかな理解をしている人々が、この「こころしばり」という「しんい」をきづくことができれば、宗教だけではなく、私たちの日常社会生活の中でも、どのようなことが「こころしばり」なのか、はっと、きづくことができるでしょう。

「しんのじぶん」をきづく、「みなそれぞれじぶんじんせいじぶんこころせんたく」の「しんの自由意志(じゆうしぜん)」「こころせんたく」の大切さに、さらに多くの人々がきづいています。

「わたし」の「おやくめ」は、「こころしばり」を拡げることではありません。
(注;「わたし」とは、私「まがたまぱじゃま。」だけに限ったことではありません。
上記の「【参照】「わたし」とは。」のリンク先をご確認頂けましたら幸いに存じます。
ありがとうございます。)


大切な宗教」を「いきかえらせる」ことです。。。

参照】「2010年5月29日(土)の「おつたえ」;いぶつ。みなでひとつ。みなでしあわせ。」


5年前を振り返り「今」と比較して、「大切な宗教」がこのよこころ、社会意識等の中で、ますます「いきかえる」様子が強く感じ/観じられ、とても感謝しています。

ありがとうございます。
(「わたし」へのいかなる思念をも感謝致します。ありがとうございます。)



次に、いつもの「こえ」の波長で;


くにほろぶもじゆうしぜんくにほろばむ(ぬ)もじゆうしぜん。
くにほろぶもじゆうしぜんくにほろばむ(ぬ)もじゆうしぜん。
くにほろぶもじゆうしぜんくにほろばん(ぬ)もじゆうしぜん。

みなでひとつなるかならぬか。
みなでひとつなるかならぬか。
みなでひとつなるかならぬか。

みなのこころせんたくしだい。
みなのこころせんたくしだい。
みなのこころせんたくしだい。



とおつたえ下さいました。
(「ほろばむ(ぬ)」「ほろばん(ぬ)」の箇所で、なにやら不明確な発音となったと記憶しております。)


。。。これは昨今の「くにのまつりごと(政治)」のことだと強く感じ/観じました。

日本が滅ぶことも悪ではありません。

日本が破綻し、滅ぶことにより、私たちに「おおくのまなび」が巡り還りあらわれるだけです。

私たちの「くに」、日本が滅ぶも、「じゆうしぜん」。

私たちの「くに」、日本が滅ばないのも、「じゆうしぜん」。

過去、世界が比較的「安定」していた時代、日本では「国民・国」よりも「自党の我欲」を優先させた与野党の「攻防」を、扇動的にセンセーショナルに大衆は揶揄しながら見ていた時代もありました。
(「かこすべてまなび」であり「かこすべて」に感謝しています。ありがとうございます。)

「今」は、世界趨勢が変化していることは明白です。

そのような「今」という時勢において、与党であれ野党であれ「自党の我欲」を優先させるのか、それとも「くにまつりごと」を司る大切なこのよこころの「しめい」をもった「ひと」としての、「おやくめ」を実現させるのか、その「こころ」は、「しんいかなうこのよこころ」か否かの「こころせんたく」が成されます。

与党であれ野党であれ、また、政党に直接参加していない、私たち一人一人が、「みなでひとつ」の心に成るか成らぬか「こころせんたく」次第により「日本が滅ぶ」ことも「じゆうしぜん」ですし、「日本が滅ばない」ことも「じゆうしぜん」だと強く感じ/観じました。


私たちのこの「日本」という国が、破綻し、滅ぶことも悪ではありません。

「日本が滅ぶこと」も善でもなく、私たちの「こころせんたく」次第、「じゆうしぜん」です。

私たちのこの「日本」という国が、破綻せず、滅ばないことも悪ではありません。

「日本が滅ばないこと」も善でもなく、私たちの「こころせんたく」次第、「じゆうしぜん」です。


すべては、私たちの「こころせんたく」次第、「じゆうしぜん」です。



いつもは、上半身サレンダーした後の「上半身浮遊状態」がすみ、「深淵意識(宇宙意識・総体意識等)」が上へ抜けるような感覚の後、いつもであれば「しあわせてあわせ」のおがみのポーズで、手が上下しながら「ありがとうございます。」という言葉を繰り返すのですが、今朝はその「手の上下」が無くしばらく静かにそのまま直立していたと記憶が残っております。

しばらくして「わたし」に何らかの「おこころ」が届いたように感じられたと記憶しております。

その後、なにやら「ありがたく、もったいない」というような感覚が溢れ、涙が流れ出したと記憶しております。

そして;


そのおこころをごかぞくまわりのひとへ。
そのおこころをごかぞくまわりのひとへ。
そのおこころをごかぞくまわりのひとへ。




という「こえ」がまろやかな波長で発せられたと記憶しております。

それからようやくいつもの「手の上下」が生じたと記憶しております。

今、こうしてその記憶をたどると、「わたし」に届いたその「おこころ」等は、神社や教会や何らかの神聖な場所での「おこころ」等であり、どうやらその「おこころ」等を、神社や教会や何らかの神聖な場所だけで向けられとどめるのではなく、その「おこころ」等を、日常の生活やおつとめ等で「ご家族」や「周りの人々に向けましょう」ということだと強く悟らさせて頂きました。



今朝は、このような「一連のとき」の「神社でのめでぃてーしょ」でした。


これをお読み下さった皆様の「こころ」に届き、「なにか」を感じ/観じて「きづき」「こころせんたく」のきっかけと成れば幸いに存じます。


ありがとうございます。



みなのこころのなかじゃ。
すべてこのよこころのなか。

なにがあってもかんしゃするがよい。

かんしゃしてしんかするしんい。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころのせんたく。
しんいはみなでしあわせ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

このよすべてしぜん。

このよすべてじゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。
しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

このよすべてじゆうしぜん。
このよすべてじゆうしぜん。

しぜん。
しぜん。
しぜん。

じゆう。
じゆう。
じゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

みなそれぞれじぶんのじんせい。
ひとたにんのじんせいいきられん。

みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。

みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

すべてわさいぜん。

このよこころわひびきあいかなであい。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。


このよすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでひとつ。
みなでしあわせ。

みなちがういのち。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

ひとみないちれつみなたいら。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせ。

このよこころすべてじぶん。
がよくでないしんのじぶん。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

このよこころじんせいむだはない。
このよこころすべてまなび。

このよこころすべてまなび。
このよこころすべてじぶん。
このよこころすべてしぜん。

みなでしあわせみなでひとつ。
みなこころこのよつながっておる。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

しんのつよさすべてをうけいれすべてをあいしすべてをいかすこのよこころしぜんうちゅうのつよさ。

すべてにかんしゃしまなびなせ。

ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。
ぜんあくいだきあいとなる。

なにがあってもかんしゃするがよい。
かんしゃすればこころせんたく。
かんしゃすればこころせんたくこころすむ。

かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。

ぜんかんしゃ。
しんいみきわめまなびなす。
しんかのみちびき。
しあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

かんしゃこころこのよいきることじゃいかすことじゃ。


かんしゃはいきること。。。。

かんしゃいかすこと。


ぜんかんしゃこのよこころいきることいかすこと。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

しんいはみなでしあわせじゃ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることじゃいかすことじゃ。
しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく。
かんしゃすればしんいみえる。
しんいみえればまなびなす。
まなびなせばみちびきつかむ。
みちびきこれあらたなるしんかへのみちじゃ。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃはいきることじゃいかすことじゃ。

ぜんあくいだきあいとなる。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

しんいはみなでしあわせじゃ。







すべてに、ありがとう。全感謝。

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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

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(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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