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2010年5月8日(土)の「おつたえ」;しんいかなうこのよこころしんのじゆうきづくじゆういしさらにあらわれる。

いつもありがとうございます。毎週末の神社でのめでぃてーしょんを通じて「おつたえ」いただいた「しんい・めっせーじ」等を誠実に記させて頂いております。
【参照】「「おつたえ」はじめに。」のページへ
【参照】「わたし」のスピリチュアリティー(霊性)の「しんか」のページへ
【<毎週末のめでぃてーしょん>】
                                    <◆◆「おつたえ」まとめ
                                    <★★「しんい・めっせーじ」まとめ



すべてあらわす。
すべてあらわす。
すべてあらわす。





じゆういしさらにあらわれる。
じゆういしさらにあらわれる。
じゆういしさらにあらわれる。

しんのじゆうきづく。
しんのじゆうきづく。
しんのじゆうきづく。

しんいかなうこのよこころじゆう。
しんいかなうこのよこころじゆう。
しんいかなうこのよこころじゆう。




今朝は変則的な状況でした。

いつものように「定位置」に着き上半身をサレンダーして「深淵意識と融合」するとすぐにすべてあらわす。すべてあらわす。すべてあらわす。」と声が発せられたと記憶しております。
。。。これからさらに何か「すべて」を「あらわす」ということなのでしょう。。
(申し訳ございません。「しんい・めっせーじ」を「かくしん」しておりません。。申し訳ございません。)

そして、いつものように「おつたえ;くげん」をいただき、その後の「上半身浮遊状態」の後、「深淵の総体意識が(から)抜ける」時に「わたしはなにがあってもしあわせです。ありがとうございます。」と声が出たと記憶しております。
この「声」はかなり「自分意識」からの「声」だと「かくしん」しております。
。。。「わたし」は、「なにがあってもしあわせ」です。。。そして「すべて」に感謝しています。。「ありがとうございます。」



(今朝は「個人的に自由意志」を強く考えさせられることがあり、そのことも恐らく今朝の「おつたえ;くげん」の「まえぶれ」の影響だと感じています。。ありがとうございます。)




まず「じゆういしさらにあらわれる。」とおつたえ下さいました。

「自由意志」。。。

「自由意志」とは「他から制約されず自発的な決定に基づく意志。」(三省堂「大辞林 第二版」より)

「自発的な」という観点がとても重要だと感じて/観じています。

「自発」の「根元」が「我欲」なのか「しんのじぶん(しんが/真我/神我)」なのかという観点がとても重要です。

これから私たち、このよこころ、社会意識に「自由意志」という意識がさらに拡がる時と成ったのだと悟らさせて頂きました。

ますます多くの人々が「自由意志」ということにきづき始めています。

「自由」「自由意志」とは、「勝手気まま」という感覚ではありません。

これから私たち社会意識にさらに拡がる「自由意志」という感覚は、「我欲」から発せられる「勝手気まま」という感覚ではなく「しんのじぶん(しんが/真我/神我)」から発せられる「自発的な決定(=こころせんたく)」に基づく意志のことです。

こころせんたくじゆう。」と届いております。

【参照】「こころせんたくじゆう」
2009年1月13日(火)21:30頃にとどきました。;じぶんのじんせいじぶんしかいきられんこころせんたくじゆう
2009年4月27日(月)の「夜のめでぃてーしょん」の最中、21:00丁度に強く届きました。;このよおおせんたくおおなみひろがるこころせんたくじゆう
2009年6月21日(日)8:28にとどきました。;こころせんたくじゆうのしんか
2009年7月20日(月)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;かんしゃするほどこころすむこころせんたくじゆう
2009年8月18日(火)10:26にとどきました。;のこるほろぶこころせんたくじゆう
2009年8月19日(水)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;おおなみためしこんなんしれんこころせんたくじゆう
2009年10月5日(月)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;しんいあらわれるしんのじぶんあらわれるこころせんたくじゆう
2009年10月7日(水)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ひとたにんにしばられるしばられぬこころせんたくじゆう
2009年11月25日(水)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;じぶんじんせいこころせんたくじゆう
2009年12月29日(火)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;みなでしあわせこころせんたくじゆう
2010年1月11日(月)「成人の日」の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;ひのもとのくにみなこころせんたくじゆう
2010年5月7日(金)の「夜のめでぃてーしょん」を通じて。;よくまなびいかすこころせんたくじゆうしぜん

(敢えて、ここでは「こころせんたくじゆう」と「自由意志」との関連を説明することは控えさせて頂きます。
「みなそれぞれじぶんじんせい」であり、上記を読み「こころせんたくじゆう」の「しんい・めっせーじ」をきづくか否か「こころせんたく」は「自由」ということを最善に尊重させていただくためです。ご了承下さい。ありがとうございます。)



これから私たち、このよこころ、社会意識はさらに「自由意志」をきづく時となったのだと強く感じ/観じました。




しんのじゆうきづく。」とおつたえ下さいました。

【参照】「自由」  (三省堂「大辞林 第二版」より)
(名・形動)[文]ナリ
(1)〔freedom; liberty〕他からの強制・拘束・支配などを受けないで、自らの意志や本性に従っている・こと(さま)。自らを統御する自律性、内なる必然から行為する自発性などがその内容で、これに関して当の主体の能力・権利・責任などが問題となる。
(ア)哲学的な意味では、自らを自律的に統御し、内なる必然から自発的に行為すること。外的自然からの自由、内的自然(理性や意志以外の要因)からの自由、他人による強制からの自由に分かれる。意志の自由とほぼ同義。
(イ)社会学的な意味では、社会集団が個人の自律的な判断・決定能力を発展させる構造的条件を備えていること。基本的人権のほか価値・規範体系の整備なども含む。
「―な社会の実現」
(ウ)政治的・歴史的には、時代によって異なる内容をもつ。古代ギリシャでは度零などと区別されたポリス市民固有の属性、すなわちすぐれたものへの洞察力を意味したが、中世ヨーロッパでは身分的特権の別名であった。近代のリベラルな自由概念は一七世紀の宗教戦争以来成立し、市民革命を経て強化・確立され、宗教的自由から思想・信条の自由が、さらにそこから言論・出版の自由が要請された。この過程で、権力と対立しこれを制約する自由という視点も出てくる。マルクス主義的には、社会全体が解放され、人格の自律が真に達成されることが重要視される。
(2)物事が自分の思うままになるさま。
「三か国語を―にあやつる」「―がきく」「―になる時間」「船の進退―ならねば/近世紀聞(延房)」
(3)わがまま。気まま。
「よろづ―にして、大方、人に従ふといふ事なし/徒然 60」
[派生] ――さ(名)


これから私たち、このよこころ、社会意識はさらに「しんのじゆう」をきづきます。

「我欲」から発する「勝手気まま」ではなく、「しんのじゆう」をきづくのです。




しんいかなうこのよこころじゆう。」とおつたえ下さいました。

「しんのじゆう」とは「しんいかなうこのよこころじゆう」。

「我欲」から生じる「勝手気まま」ではなく、「しんいかなうこのよこころ」が「自由」です。

(。。。「あしきごかいするものおる。」一部「かくせ」と届きましたので、いつものようにその部分は、「しんい・めっせーじ」を受け取る心をもって、「せんたく」なされますと、「しんい・めっせーじ」があらわれます。)
「しんいかなわぬ」「我欲から生じる勝手気まま」による「あらわれ」である現象は、一瞬、短期間自由に感じられる錯覚を生じるかもしれませんが、結果的にいずれ様々な事情により「不自由」がめぐりかえりあらわれます。

「しんのじゆう」は、「しんいかなうこのよこころじゆう」。

「しんいかなう」「しんのじぶん(しんが/真我/神我)」から発せられる(生じる)「自由意志」により、これからさらに私たちは「しんのじゆう」に行動できるようになり、いきることができるようになります。



「我欲」や社会呪縛の「慣習」等に縛られ囚われるのではなく、「しんいかなう」「しんのじぶん(しんが/真我/神我)」からの「自由意志」により、これからさらに私たちは全感謝の心で「しんのじゆう」な人生を「みなでしあわせ」に「せんたく」することができる時と成るのです。


以下、「ねんのため」11:40追記
(先ほど、外出中にとても強く感じ/観じました。)

「ギリシャ」に端を発する「このよおおせんたく」の「おおなみ」。。

【重要】
2009年6月13日(土)の「おつたえ」;このよおおせんたくしあわせせんたくのかくしん
【参照】
2008年9月5日(金)11:00頃とどきました。;みちびき
2008年9月16日(火)9:00すぎにとどきました。;おおせんたくはじまる
2008年9月16日(火)20:30の「おうかがい」;おおせんたくとは

1,「なにがめぐりかえりあらわれようともまずかんしゃする。」(「しんい」をきづく。)
2,「このよおおせんたく」の最中、「こころ」という「ノアの箱船」をきづいた「ひと」には全く心配はない。
3,今までの「まなび」をいかす。
4,「ふあんふまんかんしゃつとめたりぬしるし。」
5,不安や不満はためないこと。(「みなのふあんふまんおおあらしとなりこのよこころあらわれあらす。」)
6,「ギリシャ」からの「このよおおせんたく」「おおなみ」もとても「しぜん」。


以上、念のためここにおつたえ記させていただきます。
ありがとうございます。


「ふあん」の「こころせんたく」をするか否かも、「みなそれぞれじぶんじんせい」であり、「こころせんたく」はまさに「自由」です。




みなのこころのなかじゃ。
すべてこのよこころのなか。

なにがあってもかんしゃするがよい。

かんしゃしてしんかするしんい。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころのせんたく。
しんいはみなでしあわせ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

かんしゃすればするほどただしきこころせんたくできる。

このよすべてしぜん。

このよすべてじゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。
しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

このよすべてじゆうしぜん。
このよすべてじゆうしぜん。

しぜん。
しぜん。
しぜん。

じゆう。
じゆう。
じゆう。

しんのじゆうしんいかなうこのよこころ。

みなそれぞれじぶんのじんせい。
ひとたにんのじんせいいきられん。

みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。
みなそれぞれじぶんのじんせいこころせんたくしだいのじんせいめぐるかえるあらわれる。

みなでしあわせ。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

すべてわさいぜん。

このよこころわひびきあいかなであい。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいすべてこのよこころわひびきあいかなであいいきることいかすこと。


このよすべてじぶん。
みなでひとつ。
みなでしあわせ。

みなちがういのち。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

ひとみないちれつみなたいら。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせ。

このよこころすべてじぶん。
みなでおなじいのち。
みなでひとつみなでしあわせ。

このよこころじんせいむだはない。
このよこころすべてまなび。

このよこころすべてまなび。
このよこころすべてじぶん。
このよこころすべてしぜん。

みなでしあわせみなでひとつ。
みなこころこのよつながっておる。

しんいかなうのぞみねがいかなうゆたかなこころこのよみなでしあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

しんのつよさすべてをうけいれすべてをあいしすべてをいかすこのよこころしぜんうちゅうのつよさ。

すべてにかんしゃしまなびなせ。

ぜんあくいだきあいとなる。

なにがあってもかんしゃするがよい。
かんしゃすればこころせんたく。
かんしゃすればこころせんたくこころすむ。

かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。
かんしゃこころせんたくこころあらわれこころすむ。

ぜんかんしゃ。
しんいみきわめまなびなす。
しんかのみちびき。
しあわせよろこびめぐるかえるあらわれる。

かんしゃこころこのよいきることじゃいかすことじゃ。


かんしゃはいきること。。。。

かんしゃいかすこと。


ぜんかんしゃこのよこころいきることいかすこと。

ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。
ぜんかんしゃしんいつとめしんかする。

しんいはみなでしあわせじゃ。
しあわせみなそれぞれじぶんのじんせいさいぜんにいきることじゃいかすことじゃ。
しんいかなうのぞみねがいかなうただしきこころせんたく。
かんしゃすればしんいみえる。
しんいみえればまなびなす。
まなびなせばみちびきつかむ。
みちびきこれあらたなるしんかへのみちじゃ。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃするがよい。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃしてしんかするしんいじゃ。
かんしゃはいきることじゃいかすことじゃ。

ぜんあくいだきあいとなる。

しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。
しんのしあわせみなそれぞれじぶんじんせいさいぜんにいきることいかすこと。

しんいはみなでしあわせじゃ。






すべてに、ありがとう。全感謝。

{【2013年2月2日の変更】『2013年2月2日(土)14:00過ぎ「隅田川河畔ランニングコーナー」での出来事;「殺したい心にも『愛』を感じた/観じた「このよ」への『愛』。。。全感謝。」』に記したように、「どれい」という表現は「あしきごかい」を浄化させるため、「度零」に変更いたしました。
ありがとうございます。}



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プロフィール

Author:magatamapajama
まがたまぱじゃま。全感謝。

愛知で誕生。日本(関東)在住。
すぴりちゅありすと。全感謝。

( >>= ATTENTION =>> To non-Japanese speaking people; "Automatic translation function" of Web browser, such as "Live S. Translator" will sometimes NOT show CORRECT meanings of this blog. When you translate this blog into different languages, please Do NOT be MISLED by the wrong translations. Thank you very much.)

毎週末に近所の神社でめでぃてーしょんをさせていただくさなか、「おつたえ」をいただきます。
幼少時代から「こころのこえ」のようなものを感じており、青少年時代に、あるきっかけで毎日「お墓参り」をさせていただいたなか、「ご先祖様(?)」からの「こえ」を聞くようになり、「こころのたいわ」を意識するようになりました。「物質ではない存在とのコミュニケーション」を学ぶことができました。

数年前から毎週末にお世話になっている、近くの神社でのめでぃてーしょんを通じて、「おつたえ(しんい・めっせーじ)」をいただき、最近はその「おつたえ」が「くげん」となっております。
(◆2010年クリスマスより「おつたえ」等は「そのひ」まで「ふす」こととなりました。ありがとうございます。)

<詳細は、下のカテゴリの中の「◎はじめに。」をご一読頂けましたら幸いです。>

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(一部「コメント」等、筆者以外の人物における行為により記された箇所を除き、このブログ『すべてに、ありがとう。全感謝。』の記述内容は筆者「まがたまぱじゃま。」個人に基づくものです。)

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